スウィングしていればジャズなのか、日本にも同じような感覚はあるのか

ジャズに大切なスウィング?

ジャズといえばスウィング。スウィングといえばジャズ。

“スウィングしなけりゃ意味がない”と言われるくらいだし、スウィングというものはジャズにとって非常に大切な要素です。


スウィングについて一般的に解説されているものの多くは、譜例1を「譜例2」もしくは「譜例3」のように演奏するというものです。

これは後述するように、いつも当てはまるものではないのですが、ジャズに初めて触れる人にとってはスウィングという概念を理解しやすい考え方です。

そのため、とりあえず八分音符を譜例2,3のように演奏することができるようになることは、必ずしも良くないことではありません。

しかし、いつまでもこれを続けていてはスウィングというものを身につけることはできないかもしれません。ではどうすれば良いか。今回の記事はここからお話をスタートさせてみようかと思います。

スウィングとは訛りである

そもそもスウィングとは誰かが「こういうリズムで演奏すればカッコいいぞ! これをスウィングと呼ぼう!」と考えたから生まれたわけではなく、ジャズの発生と共に自然に生まれてきたものだというのが一般的な考え方だと思います。

それを言語に例えるならば、方言のようなものであると考えるのが分かりやすい例です。

生まれも育ちも関東である僕には方言や訛りがほとんどありませんが、狭い地域の中でも方言にはさまざまなものがあり、例えば関西弁とひとくくりに言っても、東寄り・西よりなどで細かな違いがあるそうです。

そういえば、留学中に大江千里さんと偶然お知り合いになる機会があったのですが、方言の話をしているときに千里さんに実演していただいた河内弁は、普段腰が低く温厚な千里さんからは想像も付かない、なかなかの迫力でした(笑)。

方言というのは時代によっても変化してくるものであり、同じ土地の出身者でも酷い場合は祖父母の話す方言が理解できないというケースもあるようです。

スウィングの場合も同様に、演奏する人や時代によって感覚が異なるという事態が発生します。

それ以外にも、速いテンポもしくはバラードでは限りなくイーブン(スウィングさせない演奏)に近くなることもありますし、ゆったりしたテンポでは、はっきりとしたスウィングを感じ取れることもあります。

このようなことから、スウィングとは単に譜例で示したような一定のシンコペーションでは書き表すことのできないものであるということをまず理解しておく必要があります。

ではそれを身につけるためにはどうすれば良いのか

かといって、スウィングしなければジャズじゃない、それならばどうするべきか。

これも方言と同じです。東京出身者が大阪で暮らすうちにバリバリの関西弁を身につけて帰ってくることもあるように、ジャズを浴びるように聴きまくり、演奏しまくりましょう。

逆に僕のように関東以外でほとんど生活したことのない人間が、何かの本で関西弁を勉強して「なんでやねん」と言ったところで、全然違うよねと言われてしまうでしょう。

いろんな演奏を聴き、実際に演奏することによってその人なりのスウィング=ジャズ弁が身についてくるのではないかと思います。

そうでなかったら演奏する曲のテンポやイメージする時代によって頭の中でスウィング感を切り替えて演奏するなんてことはなかなかできないのではないでしょうか。

できたとしてもそれを身につけるのにかかった時間で、もっと他の大事なことすれば良かったのにと個人的には思ってしまいます。

スウィングについて研究しだすとどんどんマニアックになり、本場の、もしくは真のスウィングとは何か…なんて考えるようになるかもしれません。

恐らくこれを読んでいる人たちの多くは日本に住む日本人でしょう。

例えば1950年代のジャズ全盛時代のような生まれてからジャズを文字通り浴びてきたような人たちとは、そもそものバックグラウンドが違います(現在のNYでは、浴びるように聞いている人ばかりというわけではありませんが…)。

もしあなたが現代に生きる、日本生まれ日本育ちの人間ならスイング感というものを身につけようとしたときには、それらがバックグラウンドとして影響してくることは避けられないでしょう。

日本人にとっての演歌のようなものと考えるとしっくりくるかもしれませんね。

具体例を挙げるならば奇しくも今年活動を休止された黒人演歌歌手、Jeroのような感じでしょうか。

ジャズでも演歌でも、演奏者の持つバックグラウンドによって音楽のフィーリングが変わるということは起こりえます。しかし音楽そのものの良し悪しには影響を与えないものだと僕は思っています。

実際にDusko Goykovichのように、自らの生まれたバックグラウンドを背景として素晴らしい音楽を演奏する人はいくらでも存在するのですから。

逆の目線で見ると、例えばOscar Petersonのアルバム、We Get Requestsで演奏されるCorcovadoはジャズ界では非常に有名なテイクですが、もともとボサノバの曲なのにもかかわらずスウィングしていますよね。

アメリカで演奏活動をされていたとある大御所ミュージシャンの方から伺った話なのですが、これはボサノバの曲をジャズ風にアレンジしたわけではなく、彼らの世代のようにほぼジャズしか演奏してこなかったミュー

ジシャンが急にボサノバの曲を演奏するとどうしてもこうなってしまうことがあるのだそうです。

日本にもあるスイング感覚

話のついでですから日本の音楽でもスウィングのようなシンコペーションを刻む音楽があるということに触れておきましょう。

一つは沖縄民謡、もう一つは阿波踊りです。

沖縄民謡は全てがスウィングのようなシンコペーションをしているわけではありませんが、曲によってはもろにスウィングしていますし、掛け声や指笛のアクセントの位置がジャズの特徴とされる2,4拍目や裏拍へのアクセントと一致している点も大変興味深いです。

阿波踊りも沖縄民謡も踊りと密接な関係にある音楽であり、ジャズでもスウィングジャズと呼ばれるものは同じくダンスミュージックであるという共通点がありますね。

どっちがスウィングかスウィングでないかという話はともかく、聴きながらリズミカルに体を動かしたくなるような、非常に心地良いリズムです。

前述のCorcovadoの話でもそうですが、スウィングという概念自体にとらわれるのではなく、この心地良さをその人なりのやり方で表現するということこそが最も重要なのではないかと僕は思います。

それはここに出ていないある単語で表すことができるのですが、僕自身もまだまだ未熟ですし、それについて偉そうな顔をして言及することができるのはまだまだ先のことになりそうです。



ABOUTこの記事をかいた人

金村 盡志(かねむら つくし)

1986年生まれ。中学生から吹奏楽を通してトランペットの演奏を始め、高校生からジャズに目覚める。その後、原朋直氏(tp)に約4年間師事し、2010年からニューヨークのThe New Schoolに設立されたThe New School for Jazz and Contemporary Music部門に留学。Jimmy Owens(tp)氏などの指導を受け帰国し、関東近郊を中心に音楽活動を開始。金村盡志トランペット教室でのレッスンを行いながら、精力的に活動を続けている。