ああ、暑い暑い。海に連れてこられるなんて、迷惑この上ない。
熱い砂、白い雲、青い海、好きこのんでこんな場所に来る人間は、みな等しく正気でないのではないでしょうか。泳ぐ人間を見るにつけ、異常な衝動を感じ入ります。
なるべく外出せずに過ごしたいのに。モジカル編集部のなかもらですよ。
潮風に当たると生臭くなるし、まったくいいことはありません。
こいつに呼ばれました。モジカル編集長の“のじ さとし”です。
満面の笑みでこんな暑いところに呼ばれると、ペットボトルで作ったイカダに乗せて漂流させたくなるのです。
なかもら なんですか、こんな所に呼び出して。私はね、冷房の効いた家で夢野久作でも読んで過ごしたいんですよ。
のじ あのね、記事のストックがなくなっちゃったの。それでね、せっかくだから、いつも僕が一人でやっている遊びを教えがてら、撮影しようと思って。
私はゾッといたしました。30男が海で一人でやる遊びとはなんだろう。まるで暗い森の中で懐中電灯を失ったような恐ろしさを感じるのです。
なかもら なんなんですか。遊びというのは。
のじ 石だよ。
なかもら 石!?
のじ そう、石を比べるの。
私はふたたび恐怖しました。真剣な顔で足元にある石をすくい、骨董品でも見るように眺め回す目の前の男。彼はその石を私に押しつけながら叫ぶのだ。「ほら、この石、お寿司みたいでしょ」と。
のじ この石みたいに、何かに似ている石を見つけて、それを比べるの。考えごとしながら、ときどき一人でやってるんだよね。
私は三度、恐怖した。およそ健全な男性のやることではない。世の中では、人々は恋人達と愛を育んだり、芸術活動にいそしんだり、安らかな最後を迎えたりしているのだ。
それが、どうだ、彼は一人で石を探しているのだ。それも鉱物資源や学術的見地などない。ただ、何かに似ている石を。
なかもら やらない。帰る。
のじ まあまあ、とりあえず石を見てみようよ。
テコどころか宇宙ロケットにくくりつけても動かなそうなので、しようがなく付き合うことにした。
石探し
なかもら 何かに似ている石ねぇ。
のじ 探していると、これだ! というものがあるから。
なかもら そんなものありませんよ。どれも大体丸いから、まんじゅうってことでいいじゃないですか。
のじ ダメ。
なかもら じゃあ、団子。
のじ ダメ。
何度見ても、石に興味が持てません。彼はなぜあのような情熱を持って石を探せるのでしょうか。
お目当ての石を見つける度、彼はうれしそうに、
のじ はははっ! これはいい!
などとのたまいます。
また時折、流木などを見つけるとうれしそうに持ってきます。
ここまで来るとこちらもなんだか楽しくなってきました。これがストックホルム症候群というものなのでしょうか。
のじ いやー、いい石が見つかったよ。さあ、さっそく比べよう。
ふと目をやると、遠くに海水浴場が見えます。嬌声を上げる子供達。年も忘れはしゃぐ大人達。
そして石を集める私達。ここに違いはあるのでしょうか。そうですね、私は今、この海を泳いで遠くに行きたい。
石比べスタート!
のじが集めた石です。現時点で、という前置きになりますが、全く何に似ているのか分かりません。
ワタクシこと、なかもらの集めた石です。これから1つずつ比べていくようです。
のじのターン(1)
のじ まずは僕から! こいつに決めた! 何に見える?
なかもら 分からないなあ。なんだい。
のじ 恐竜の卵!
ブルリ、と寒気がしました。
なかもらのターン(1)
なかもら 私の最初の石はこれですよ。
のじ ??
なかもら 鳩ですよ。左上の部分が頭です。
のじ ああーー。見えるよ、見える! 立っている鳩ね! いい線いってるじゃん!
うれしいような、うれしくないような。もはや暑さと雰囲気に飲まれ、訳も分かりません。行きずりの男に抱かれるOLの気分は、こんな感じなのでしょうか。
のじのターン(2)
のじ これはかなりいい“比べ”だよ。ここ数ヶ月で一番いいかもしれない。
なかもら なんだい、これは。ウ○コ?
のじ アホか! 見て分からないかな〜。タッチストーンピク○ャーズのロゴだよ。映画の最初に出てくるでしょ。
なかもら ああ〜。しかと確認しましたよ。これは確かに似ている。ストーンだし。
のじ 勝ちは決まってしまったかな。
なかもら そうですね。すごく勝ち誇った顔をしていますが、こんなに悔しくないのは初めてです。
なかもらのターン(2)
なかもら 私の2個目はこれ。
のじ お? 特徴的な丸みが…。これは…。
なかもら 鳩サブレです。
のじ 鳩好きなの?
のじのターン(最終)
のじ 最後はすぐに分かっちゃうかな。はい!
なかもら なんですか、それは。石?
のじ そのまんまだろ!
のじ ハートだよ。ハート。
なかもら そうか。いびつな形が、あなたのサイコパスな部分を象徴しているようです。
のじ 素直に負けを認めなよー。
なかもら (世が世ならお手討ちにしているところだ)
なかもらのターン(最終)
なかもら 最後はこれですよ!(画像は無理に笑顔にされたものです。銀行強盗に脅された人質の気分です)
のじ あ!
なかもら わかめおにぎりです。
のじ すげえ見える! おいしそう!
なかもら 本当に食べてもいいんですよ。その後海に落としますがね。
のじが採点をしている間、海水浴場を遠くに眺めます。恐ろしい。そう、恐ろしいのです。
なぜなら、このとき、この石比べを少し楽しく感じたのです。海水浴を楽しむ彼らに、優越感を感じたのです。ああ、恐ろしい。
のじ 負けたよ。僅差でね。まさかここまでやるとは。しかし、これは始まりにすぎない。
これから貴様は旅にでなければならん。先々で多くの石比べ士達と闘い…。
なかもら 絶対やらないぞ!
終わりました。無為な時間に感じていたこの数時間。今は少しさわやかでもあります。
やはり、人間は人との競争を経験することで変わるのです。徒競走の最後にみんなで一緒にゴールするようでは、努力の障壁となる壁を破壊することはできません。私は、石比べで変わったのです。
(このテキストはのじが勝手につけたものです)
二度と…
やるか…
ク○カスが!!
人生の時間は、二度と返ってこない。
今日、この時を悔いなく過ごしていますか。空を見上げて見てください。
その空を美しいと思えたなら、きっとあなたは大丈夫でしょう。
さようなら。