こんにちは、野澤です。
皆さんはフリージャズを聴いたことがありますか?
ライトなファンは少なくコアファンが多い印象で、プレイスタイルもなんでもやっていいという風潮があるように感じるかもしれません。
子供の落書きのようにリズムもメロディもぐちゃぐちゃに演奏しているようなイメージがあって、このフリージャズがあるから世間一般的にジャズがとっつきにくいと思われていると個人的には感じます。
日本では山下洋輔さんやスガダイローさん日野皓正さんなど有名なプレイヤーがフリージャズというスタイルもとっていて、界隈では崇拝する人が多い一方よくわからないと思うリスナーもきっといるはずです。
そのとき、その空間で感じたものをプレイヤーは瞬間的に音楽にするという芸術。理解が難しい一面もあるかもしれません。
今回はそんなフリージャズを始めた人物であるオーネットコールマンにスポットを当ててドラマー視点から解説したいと思います。
オーネット・コールマン(1930-2015)について
オーネット・コールマンはテキサス出身のサックス奏者です。サックスだけではなくトランペットやバイオリンなども演奏されています。
音楽のルーツとしてはR&Bやブルースという黒人音楽に根差したジャズプレイヤーでした。
最初はテナーサックスでテキサスとニューオリンズでキャリアを積み、その後アルトサックスに転向し、拠点をロサンゼルスに移して自身の新しいスタイルとなるフリージャズを始めます。
その当時のメンバーはエド・ブラックウェル、ドン・チェリー、ボビー・ブラッドフォード、チャーリー・ヘイデン、ビリー・ヒギンズなど新進気鋭のミュージシャンが集まり新しいムーブメントが巻き起こっていきました。
オーネットは最初にコンテンポラリーレコーズというレーベルを立ち上げ「Something Else!!」というアルバムを1958年にリリース。それと同時にポール・ブレイのバンドでもトランペッターのドン・チェリーと活躍してオーネットの世間的な評価がさらに上がります。
アメリカの西海岸での活躍は東海岸のニューヨークでも広まり、MJQが活動していたマンハッタンの「ファイヴスポットカフェ」での公演が決まりニューヨークに進出してきました。
しかしニューヨークで活動している先輩ミュージシャンのディジー・ガレスピーからは「何を演奏しているのか全然わからない。だけどこれはジャズじゃない。」と言われ、マイルス・ディビスからは「全てぶちまけたような音楽だ。」などひどい言われようでした。
しかし1960年にブルーノートレーベルからアルバム制作の話があり「Free Jazz: A Collective Improvisation」をリリースします。
この作品は賛否を呼び、ある批評家は星5をつけ、またある批評家からは星0をつけられ、評価が真っ二つに分かれるアルバムとなりました。
しかし、なんとその後フリージャズブームが始まります。
アンドリュー・ヒル、サム・リバース、ウェイン・ショーターなど多くのミュージシャンが影響を受け、歌心のあるパット・メセニーまで影響されてオーネットをフィーチャーしたアルバムを出していたりもします。
フリージャズの始まり
フリージャズは自然発生的に生まれた訳ではありません。始まりにはちゃんと理由があります。
まずはジャズの定義を確認しておきましょう。
ジャズは即興演奏こそが肝と言われ、その場の空気を感じた演奏者同士が即興的に音楽的コミュニケーションをとる音楽です。リスナーはこのやりとりを楽しみます。
とはいえ、ちゃんと曲というお題があってスイングというグルーヴと曲のコード進行に準じて音楽が進んでいきます。
ここにオーネットは問題提起しました。コード進行の縛りに疑問を感じたのです。
コードが決まっている以上、自由な演奏は本当にできるのか。ミュージシャンは同じようなアドリブを繰り返しているだけではないのかという疑問を、最初にジャズにぶつけた人物でした。
「当たり前のことやジャズを定義するものに懐疑的になることで新しいものが生まれる。改革とはそういうものだ。」
私の師であるケンドリック・スコットは、レッスン中にそう語っていました。
たしかにルールという縛りの中での演奏は本当の意味で自由ではないのかもしれません。
マイルスやディジーがジャズを構築した人だとするとその流れをぶち壊すような反骨精神を持つフリージャズでしたが、やっている本人は音楽に真摯に向き合っていました。
よく聴くと曲の構成もスタンダードに似通ったものも結構あり、互いの影響を感じます。
フリージャズはそれまでのジャズと全くことなる音楽ではない
オーネットの初期アルバムの多くはリズムチェンジやブルースに通じるものがあります。
構成はリズムチェンジの、なんとなくのコード進行とフォームが存在するだけです。
その共通認識がメンバー間にあるだけであとは自由です。
自由といっても曲のトーナリティがあるのでめちゃくちゃにやってるわけではなく、あくまでもみんながアンサンブルして音楽になるようになっています。
独自のルールで演奏しているようなものです。
初期のオーネットの曲はテーマが必ずあるのでメロディにモチーフとなるものがあります。
ただメロディは歌えるようなメロディックなラインではなく意味がわからない音の羅列に翻弄されるのではないかと思います。
その記号や暗号のようなメロディのリズムや音の跳躍の規則性を読み解いていくと曲のテーマとなる部分が見えてきて、まるで謎ときのような仕掛けになっています。
特に高音のメロディは曲のキーになるようなフレーズなので注意して聴くと耳に残ってくるのではないかと思います。
そのテーマのメロディから一本繋がるようにソロが始まるのでどういう考えでソロが展開されていくのかを前後の文脈を感じながら聴くとプレイヤーたちの意図がだんだんとわかってきます。
意図がわかるとドラマーのコンピングやベーシストのラインの音使い、またトランペットが入ってくるタイミングなどメンバー同士のインタープレイが密接になっていて、難しいですが音楽の変化がだんだんと理解できてくると思います。
オーネット自身はニューオリンズのディキシーランドジャズのような全員同時にソロを演奏する手法と、発展してきたハーモニーとメロディのアプローチを融合させたら面白いことができるのではないのかと思いフリージャズをやっているそうです。
ドラマー目線でフリージャズを聴くとどうか
オーネット・コールマンと一緒にフリージャズ初期に関与したビリー・ヒギンズはレジェンド級のドラマーですが、1950年代後半での巨匠マックス・ローチからは理解されなかったと聞きます。
果たして本当にそうなのか。
我々のようなジャズが多様化している時代のプレイヤーには分かりかねますが、ジャズが発展途上ながらもブラシュアップされて整ってきていた時代からすると受け入れ難いものだったのかもしれません。
私の目線からすると、フリージャズを演奏するビリー・ヒギンズからはスイング、コンピング、インタープレイ、音色のどれをとってもジャズを感じます。
失礼ですがロックミュージシャンやフュージョンドラマーがジャズをやるよりよっぽどジャズのサウンドです。
スイングビートの滑らかさはフィリー・ジョー・ジョーンズを彷彿させ、ドラムソロのアイデアはマックス・ローチやアート・ブレイキーからの影響を感じさせます。
何よりフリージャズが自由とはいえビリーヒギンズがやっていることは縁の下の力持ちのプレイ。
ベースとシンクロしながらシンプルなビートを刻んでいきつつ、フロントが自由にやっているものを受け入れる器の広さが目立ちます。
なので自己中心的に自由に演奏しているような印象はあまりなく、全体の調和を大事にするドラマーに聞こえます。
ビバップの初期のスタイルもチャーリーパーカーが自由にやってそれをマックス・ローチやケニー・クラークが淡々とサポートするスタイルでした。
これとなんら変わりないのではと個人的に思うのですが全く違うものに当時は聞こえていたのでしょう。
オススメアルバム5選
少しフリージャズについて紐解いてきたところで今度は実際に聴いて体感してみましょう。
「SOMETHING ElSE!!!!」(1958年)
まずは初期のアルバムを聴いておくのがオススメです。
ここが原点かつ個人的には一番理解しやすいアルバムだと思います。オーネットの数あるアルバムのなかで唯一ピアノが入っているのも特徴です。
しかし和音の演奏できる楽器が入ることでコード進行の制約を感じたのでしょう。
もっとフリーになるためにこれ以降ピアニストを入れなかったのではないのかと個人的に推測しています。
1曲の長さはどれも5分以内です。
しかも大半の曲がブルースになっておりかなり聴きやすいです。
アルバム最後の曲は渾身の曲になっていて今後のオーネットの作曲テクニックに生かされてくる曲です。この曲だけフリーっぽく聞こえます。
ただフリージャズかと聞かれるとこれはまだビバップやハードバップの延長線にあるアルバムだと思います。
The Shape of Jazz to Come(1959年)
このアルバムではいろいろな実験がなされています。
まず1曲目の”Lonly Woman”はおどろおどろしいベースラインとシリアスで鋭い高速シンバルレガートから始まっていきます。そこにのっかてくるオーネットとドンのメロディライン。このメロディはベースとドラムのテンポと無関係に進んでいきます。ただよく聴いて合わせているので何かしら関係があるように聞こえます。
2曲目は高速スイングに乗せたフリージャズ。
なんとなくのトーナリティはありますが本当に自由になっているフロント陣の演奏がすごいです。
そしてさらにすごいのがベースのチャーリー・ヘイデン。
推進力がものすごく強いベースのリズムとストーリー性を感じるベースラインがリスナーを引き込んでいきます。
テンポ300を超えるこの曲をアドリブで他のミュージシャンに瞬時に合わせながらフリーでやっていると考えると人並み外れた演奏テクニックを持っていることが分かりますね。
”Congeniality”は速いテンポでのメロディとゆったりになるメロディがテーマの中で繰り返されて曲の緩急がついてドラマチックに聞こえます。オーネットがよく使う手法です。
最後の曲”Chronology”はリズムチェンジが元になっている曲ですが、ソロになると自由になりつつも割とインサイドのソロを弾いていたりベースラインが聞こえてきます。
ですがオーネットのソロでひっくり返されるような複雑なソロが展開されて大半の人がついて行けなくなると思います。。
このアルバムの曲はどれも今のミュージシャンが取り上げるような曲が割とあるのでしっかり聴いてみていいでしょう。
This Is Our Music(1961年)
「これが俺たちの音楽だ!」というタイトルからわかるように自信に溢れる意気込みと同時にまだフリージャズを受け入れられなかったアンチにも向けたようなアルバム。
このアルバムからドラマーがエド・ブラックウェルに変わっていてバンドの雰囲気も少し変わっています。
オーネット自身もよりバンドのインプロビゼーションが密接になってきているのを感じており、個々のアイデアもより明確になって理想のフリージャズに近づいてきているとオーネット本人も語っていたようです。
ドラマーのエドはソリストのメロディのリズムに完全に合わせるようなプレイもしてきますし淡々とグルーヴする瞬間もかっこいいです。
ソロのアイデアもアート・ブレイキーやマックスローチなどを連想させるようなソロを取るのでそこも面白いです。
アルバムの構成も塩梅がいいですね。
1曲目は”Blues Connotation”。これも現代のミュージシャンが扱うオーネットのナンバーです。2曲目の”Beauty Is Rare Things”は静と動が同時に起こるような独特な世界観。
3曲目の”Kaleidoscope”は完全にフリージャズ。知らない人が聴くと敬遠するようなテーマです。
そこからの”Emraceble You”という突然のスタンダード。これも独特な世界観ですがアレンジも効いていて個人的には好きです。
ギリギリ分かりにくいラインですがフリージャズがまだまともな原型をしています。
以上ここまでがフリージャズビギナー向けアルバムです。
以下は玄人向けの本当のフリージャズのアルバムです。
曲のテーマがまずわからない。。
ソロが始まってのもテナー1人で吹いていたりすると何が起こっているのか理解できないことがほとんどだと思います。
ここまでいくとカオスですがやっていることは初期から一貫していて、バンド内でのインプロビゼーションとジャズの表現の自由を求めています。
サウンドがもう受けつけないという人もいると思うのですが、まずは聞かず嫌いをなくしていいところと音楽的にカッコいいところを探してみましょう。
コンセプトはシンプルです。アンサンブルの調和と瞬間的な即興演奏。それとジャズという枠組みから自由になることがフリージャズの行き着くところです。
最初はサウンドがとっつきにくいですが慣れてくればオーソドックスなジャズより予想を裏切るような音楽の展開があって新しい発見があると思います。
まずはその最初の一歩としてオーネット・コールマンを聴いてみましょう!








