今回はデューク・エリントンのアルバムをご紹介したいと思います。
このアルバムはあまり一般受けせず、知る人ぞ知る作品として有名です。
しかしそもそも、エリントンがどのような人なのかを知ってから聴いてみると、そこまでジャズに詳しくない人にも一味違って聴こえるはずです。
そのため、まずはデューク・エリントンという人について少し触れておきましょう。
デューク・エリントンってどんな人?
一言で言うとジャズの父です。
ジャズという音楽の産みの親、というと言い過ぎかもしれませんが、現在のジャズという音楽の形成に寄与した1人と言えるでしょう。
他にも同じような功績を残したミュージシャンには、ルイ・アームストロング、ベニー・グッドマンなどもいますが、モダンジャズやコンテンポラリージャズの根っこになる部分はエリントンの音楽の影響が少なからずあります。
私が度々取り上げるあのジャズの帝王と言われたマイルス・デイビスも、エリントンのことを神のように尊敬していたそうです。
そんなエリントンが残した音楽は現在でも耳にするほど、有名な曲が数多くあります。
例えば、
- Caravan
- Take The A Train(A列車でいこう)
- It Don’t Mean A Thing(スイングしなけりゃ意味がない)
- Mood Indigo
など。
挙げればもっとありますが、キリがないので特に有名な4曲を。
実際の演奏を聞いてみると、なんとなく耳なじみのあることがお分かりいただけると思います。
メロディはキャッチーで、コード進行もつかみやすい万人にうける要素を持ちながら、たまに独特な響きの和音を入れて不思議な空気感を一瞬だけ入れるなど、ニクい演出も出現します。
この不思議で独特な和音こそがデューク・エリントンのトレードマークです。
そこそこ音楽好きの人ならば、この和音を聴けばエリントンの曲とすぐに分かるほど特徴的です。
エリントンに影響されたミュージシャンはたくさんおり、マイルス・デイビス、チャールス・ミンガス、ジョン・コルトレーン、ギル・エバンスなど、さまざまな時代のジャズシーンを覗いてもエリントンのエッセンスが感じられるほど年代、スタイルを問わず広く分布しています。
デューク・エリントンのすごいところ
ここまでは、デューク・エリントンの作曲者としての特徴を記してきました。そしてもう1つの特徴、それはビッグバンドの形態で音楽を世に発信していた、ということです。
1930〜40年代にかけて、世の中はビッグバンドの黄金時代と呼ばれるほど多くのビッグバンドが演奏していました。
この時代、エリントンは自己のバンドで先ほど上げた有名曲などを演奏します。
ビッグバンドでの演奏なので、サックス、トランペット、ベースやドラムなど、各パートの譜面を書きますが、驚きなのはメンバー個人に合わせて譜面を書いていたということです。
つまり、パート単位ではなく、メンバー個人が普段どのような演奏をするのか分析し、その人それぞれに合うようにアレンジをしていたというのです。
普通のビッグバンドの構成であれば、バンドのリーダーがイメージしたハーモニーや音楽をそれぞれのミュージシャンに再現してもらうことに先に考えがいきます。
しかし、エリントンは自身の曲をいかにプレイヤーに演奏させるかではなく、各ミュージシャンがどのように演奏することで、バンド全体、そして曲全体がよい方向にいくかを重視するという、バンドメンバーのことをどのように考えていたのかがよく分かるエピソードだと思います。
所属したミュージシャンは、かなり演奏しやすかったでしょうね。理想的なリーダーの形と言えるかもしれません。
以上のことをまとめるとエリントンは作曲とアレンジの名手であり、みんなが親しみやすいキャッチーな音楽を創る人、ということになりますかね。
そしてこんな前情報を頭に入れた上で紹介したいのが、次の1枚です。
デューク・エリントン「Money Jungle」
パーソネル
- Duke Ellington(Piano)
- Charles Mingus(Bass)
- Max Roach(Drums)
アルバムトラック
- Money Jungle
- Fleurette Africaine
- Very Special
- Warm Valley
- Wig Wise
- Caravan
- Solitude
- Switch Blade
- A Little Max
- REM Blues
- Backward Country Boy Blues
ブルーノートからリリースされたアルバムで当時LPで発売された時には7曲でしたが、のちに出たCD版でスタジオで収録した全11曲を含めて発表されました。
ビッグバンドではないピアノトリオの小編成でのアルバムなのでエリントンの作品としてみれば珍しいアルバムです。
先ほど紹介した彼のイメージとは全く違う形でこのアルバムのタイトル曲であるMoney Jungleが始まります。
パッと聴いた感じは「聴きにくいかも。。」というイメージを持ってしまう人もいるのではないか、と個人的に思います。
曲もですが3人のプレイスタイルのクセの強さがよりそう思わせます。
レコーディングは1962年。当時はエリントンが63歳、チャールス・ミンガスが40歳、マックス・ローチが38歳と、年の差がかなりあるバンドです。
年齢も違う上、3人のプレイスタイルがバラバラで、特にアバンギャルドな演奏をするミンガスに少数ではあったそうですが批判もあったとか。
ですがジャズ界においては評価されたアルバムで、多数のミュージシャンに影響を与えた1枚となりました。
そして、アルバム制作の裏には少しドラマがあります。
アルバム制作の始まり
エリントンがトリオでアルバムを制作したいとブルーノートのプロデューサーに相談したところ、チャールス・ミンガスとマックス・ローチの名前が上がりました。
ミンガスは以前にエリントンのバンドで演奏したことがありますが、メンバーと喧嘩をしてバンドに入って4日でクビになった過去がありました。
しかしミンガス自身がエリントンのことをとても尊敬していて、快く引き受けたそうです。
3人はレコーディング前に少し話しをして、収録曲については当日エリントンから簡単なメロディとハーモニーを書いたリードシートを渡してレコーディングを開始することになりました。
また、音合わせをするリハーサルもせずにいきなりの収録に。
3人もメンバーがそろって「せーの」で一緒に音を出すのがレコーディング本番というのがすごいです。
しかし、レコーディング中にトラブルが発生します。
チャールス・ミンガスの存在
ミンガスの演奏のクセが強いのは先ほどお伝えしましたが、どれだけクセが強いのかはアルバムの1曲目を聴くと「なるほど」と納得していただけるはず。
ミンガスとエリントンとの相性は割といい感じに聴こえるのですが、この2人とマックス・ローチの相性に問題がありました。
当時、マックス・ローチはビバップドラマーとして活躍。
曲のフォームがしっかりしていてプレイヤーそれぞれの役割がはっきりしているアンサンブルの中ではマックス・ローチの強みがしっかり現れます。
しかしミンガスはベースという枠にとらわれず自由に弾きまくるので、それに対してマックス・ローチが戸惑って演奏しているように感られるのです。
噂ですが、ミンガスはこのようなマックスの戸惑いのあるプレイに文句を言ってレコーディングの途中で帰ってしまったそう。
そこでしようがなく、エリントンが外まで追っかけてミンガスを説得した、というのです。
また別の噂もあって本当はミンガスの曲もいくつかやる予定でしたが、当日渡されたリードシートを見たら全部エリントンの曲になっていたためミンガスは相当焦っていたという話もあります。
いずれにせよ、ミンガスという存在がこのアルバムの不思議な雰囲気を作り出している張本人で間違いありません。
演奏内容だけではなく、多少ギクシャクした状態で収録をスタートさせたことも要因の1つかもしれませんが、本来バラバラになってしまいそうな演奏スタイルや性格の違いが、うまいこと合わさって、中身はデューク・エリントンが参加した作品では珍しく面白い内容になっています。
本来はかっちりと曲の構成や演奏のイロハを決めてから演奏するデューク・エリントンが、演奏にも相性にも難のあるバンドで、自由に演奏し、普段とはちがう環境での収録が行われている。
しかし演奏自体は崩壊することなく、それぞれの個性がいかんなく発揮されている。
そんな特殊な部分が聞き所の1つかもしれませんね。
名曲+スリリングな演奏
“Caravan”や”Solitude”などの有名曲が収録されていますが、この3人の手にかかるとよく演奏される曲とは思えぬほど、全く違った雰囲気の1曲に変身します。
“Caravan”のテーマ部分はスリリングなベースラインに低音で攻めたメロディをエリントンがつけていきます。
それをスムーズに進めるようにマックス・ローチがライドシンバルでガンガンアプローチ。
ソロもエリントンらしさが出ていますが、ミンガスのプレイに反応するように割と際どいプレイで音楽を展開していきます。
そしてその後にくる”Solitude”はエリントンが最初ソロで弾くのですが、曲の素晴らしさを存分に引き出しています。
美しくドラマティックな展開の後、ベースとドラムが出てきてシンプルなビートからまた少し盛り上げてまた落ち着いていきエンディングに向かいます。
“Solitude”の作曲者がエリントン自身、というのもあるかもしれませんがジャズのハーモニーの美しさをはっきりと感じられる1曲に仕上がっています。
複雑なアンサンブルから垣間見えるエリントンらしさ
アルバム後半は”A Little Max”というマックス・ローチをフィーチャーした曲や”Backward Country Boy Blues”でミンガスらしさを出せるブルースを作ったりして、セッション企画のレコーディングらしい部分も多々ありますが、エリントンらしさもしっかりと表現されています。
エリントンの演奏を聞き慣れた人ならば、最初3曲くらい聴いたときはあまり彼らしいキャッチーな感じがなくて戸惑うかもしれません。
ですが後半になるにつれてエリントンらしい部分も頻出し、独特の雰囲気を創りあげます。
エリントン=ビッグバンド、というイメージが強いですし、他2人のメンバーの個性も強いため「エリントンってこんな感じだっけ」と思うシーンも。
でもアレンジ、曲のセレクト、イントロなどのピアノソロ部分には間違いなくエリントンの“らしさ”を強く感じますね。
エリントンのそれまでに発表したアルバムには、ビッグバンドという、ある意味完成されたサウンドを演奏する形成美があります。
本アルバムではそういった枠を取っ払って3人の個性を発揮できる、自由になれる音楽を目指した1枚と解釈でき、結果的に聞き辛さは多少感じますが、よく聴くとジャズの自由さと曲の美しさを改めて感じられるアルバムと言っていいでしょう。
だからこそ、ジャズ界のようなヒトクセある人たちに気に入られたアルバムなのかもしれません。
エリントンはビッグバンドでしょと思う方は、ぜひ一度お手にとってみてください。
これはなかなかおもしろいです。