前回、フレディ・ハバードの記事でちらっと登場したトランペッター、ウディ・ショウ。
正直言ってプレイスタイルもまあ似ていなくもないですし、知名度の点でも何かとフレディ・ハバードの陰に隠れがちなトランペッターです。
しかし実力という面では決してハバードに劣ることはありませんし、現代的な演奏をしていたハバードのさらに一歩先を行くプレイスタイルはトランペッターからすれば非常に魅力的です。
今回はそんなトランペッター、ウディ・ショウにフォーカスしてみることにします。
太く、金属的なサウンド
まずはウディ・ショウをご存じない方のためにこちらの音源を。
彼の代表的なオリジナル曲、The Moontraneです。
本当は下の音源の方がノっている演奏なのでオススメではあるのですが、上の方が代表的なものなので……
いかがでしょう?
音色はハバードと似て太くてストロングですが、高音域ではより金属的…。
しかし耳に痛い金属音という意味ではなく、硬くてキラキラとしたという感じでしょうか。
そしてアドリブ中のフレージングは比較的リリカルなハバードに比べ、より難解そうに聴こえるというか、メカニカルなものが目立ちます。
非常に現代的なプレイスタイル
前回記事ではフレディ・ハバードの活躍する時期からジャズトランペットの演奏スタイルに変化が起きてきたと書きました。
まあ読む側にとって異論はあるかもしれませんが、一応以下のような内容です。
ハバード以前:既に楽譜に書いてあるコードチェンジに比較的忠実に、しかしそのチェンジの上でなるべく多彩なフレージングを行う。
ハバード以降:コードチェンジに対するアプローチはよりシンプル、定型的に。しかしそのチェンジを一時的に置き換えること(リハーモナイズ、アウト)によってフレージングの多様さを確保することが増えてくる。
さて、ウディ・ショウの演奏スタイルはどんなものであったかというと、一言で言えばさらに現代的なスタイルでした。
要はもともと楽譜に記されているコードチェンジをより頻繁に別のものに置き換えることによって、それ以前にはあまり用いられることのなかった色彩を表現していったのです。
こういったやり方はリハーモナイズとか、「アウトする」などと呼ばれ、ジャズの歴史の中でもビバップやハードバップなどと呼ばれる時期以前にはほとんど用いられることのなかった手法です。
なかでも特にウディ・ショウの場合はトライトーンサブスティテューション、アッパーストラクチャートライアドなど典型的なリハーモナイズの手法だけでなく、それらに4度のインターバルを用いたフレージングを併用したりもすることによって非常に独創的な演奏を行いました。
例えばこちらの動画は誰もがよく知るジャズスタンダード曲、If I Were A Bellです。
この演奏でのウディ・ショウは、ソロの出だし(0分7秒)からAbm7Db7を意識したリハーモナイズが飛び出すあたりはもうやる気満々という感じ。
他にも7小節目(0分12秒)から全音ずつ下降していくコンスタントストラクチャー(G,F,Eb,Db)を当てはめてみたり、19小節目(0分24秒)からトライトーンサブスティテューション(A7をEb7に、Am7D7をAb7)的な演奏をしてみたりと、もう縦横無尽です。
正直、ちょっとそれは無理あるんじゃない?と言いたくなるようなものもたまに見られたりします。
しかし細かいことはお構いなしにウディ・ショウの心に描いたハーモニーを吹き、しかもトータルで見るとカッコいいのですからもう脱帽です。
レベルアップしたいトランペッターは必ず聴くべき
しかし一見すると小難しそうな演奏に聞こえるのは事実です。
その上彼のオリジナル曲も実際に難解なものが多く、リスナーを含めた一般的な人気はやはりフレディ・ハバードらにくらべるといまひとつといったところでしょう。
ただ個人的には、アドリブについて一定以上理解を深めたトランペッターは必ず聴いておくべきだと思います。
決して必ず彼を研究して真似をしましょうということではなく、現代に生きるジャズプレイヤーとしては一度は通過しておくべきです。
ジャズといえばビバップだ! という時代ではとっくにないのですから。
その上で好みでないならそれで良いですし、もしちょっと深入りしてみようと思えばなお良いでしょう。
きっと演奏の視野を広げるチャンスになると思いますよ。
トランペッター目線からのオススメ作品
Unity
初っ端から申し訳ないのですがこの作品、オルガンのラリー・ヤングのリーダー作品です。
冒頭で挙げたThe Moontraneが収録されているのですが、他にもこの作品にはZoltan、Beyond All Limitsというウディ・ショウのオリジナル曲が収められています。
いずれの曲も彼らしいというか大変独創性に富んだ曲ですし、The Moontrane以外の曲は快調な演奏を耳にすることができます。
Stepping Stones: Live at the Village Vanguard
マンハッタンの老舗、ヴィレッジヴァンガードでのライブレコーディング作品です。
こちらもオリジナル曲が中心となっており、ウディ・ショウ入門者にはうってつけかもしれません。
ウディ・ショウの硬質でキラキラしたサウンドが本当によく映える曲ばかりです。
Imagination
上に挙げたIf I Were A Bellが収録されている作品です。
ウディ・ショウは他のトランペッターに比べてそこまで頻繁にスタンダード曲を取り上げてはいないような気がします。
その上たまにスタンダード曲を演奏していても、そんなにリハーモナイズせずに案外地味な演奏に終始しているものもあり、トランスクリプションの素材としてはいまいちなものも。
そんな中でこの作品で取り上げられているスタンダード曲は比較的わかりやすくリハーモナイズを行っていて、研究材料としてはうってつけかと思います。
フレディ・ハバードとの共演作品
Double Take
The Eternal Triangle
前回も紹介したこの2作品ですが、これらもウディ・ショウの研究のためには欠かせません。
特にブルース曲であるSanduやHub-Tones、ケニー・ドーハムの演奏ばかりがクローズアップされがちなLotus Blossomなどは理解も実践もしやすく、これらの曲のトランスクリプションは非常に役立つものになるでしょう。
その最期
ウディ・ショウという人はこれまで書いたように素晴らしいトランペッターであるだけではなく、絶対音感とphotographic memory つまり目で見たものを写真で撮ったかのように記憶してしまうという能力の持ち主でもありました。
しかし彼は晩年目の病を患い、ほとんど視力を失っていたうえに、長年のヘロイン使用が祟ってか車いすでの生活を余儀なくされていたようです。
1989年2月26日、そんな彼を励まそうとしてか、ドラマーのマックス・ローチが彼を自分のギグに招待します。
そこではローチの演奏を堪能した後、彼はタクシーでそのままニューアーク空港へ戻ったはずでしたが、翌朝27日、彼は何故かブルックリンで地下鉄事故に巻き込まれてしまいます。
そこでは左腕を失いながらもどうにか一命をとりとめたものの、その3か月後の5月10日、入院先の病院にて44歳でその人生に幕を下ろすこととなってしまったのです。
クリフォード・ブラウンといい、リー・モーガンといい、チェット・ベイカーといい、ジャズトランペッターは不幸な最期を迎えることが多いと言われますが、ウディ・ショウはその中でも際立っているような気がしてしまいます。
ウディ・ショウはジャズトランペットの新しいスタイルを開拓し、しかもそのスタイルは単にオリジナリティに溢れるだけでなく、現代へと通じるものがありました。
ありがちな話ではありますが、彼がもしそのキャリアを続けていたのなら、今頃ジャズトランペットの世界にどんな風を吹かせてくれていたのでしょうか。