僕が大学生の頃、ヤマハの音楽教室で習っていた原朋直先生に「金村君はチェット・ベイカーとかもよく聴いてみるといいよ」とアドバイスをいただいたことがあります。
確かに当時の僕はチェット・ベイカーというよりはクリフォード・ブラウンやフレディ・ハバード、ロイ・ハーグローブなどをよく聴く傾向にありました。
当時なぜ原先生がそんなアドバイスをくださったのか。
その理由は恐らく、今回取り上げるトランペッター、チェット・ベイカーの特徴を言い表すものだったのではないかと思います。
いわゆる“ジャズトランペッター”
チェット・ベイカーといえば、ジャズトランペッターのステレオタイプの源となった人でもあります。
いくつかバリエーションはあるものの、イケメンで天才的な演奏をしつつも麻薬に溺れ、悲劇的な末路を辿るというものです。
観た記憶が曖昧なので間違ってたら申し訳ないのですが、確か坂道のアポロンに出てくるトランペットの人なんかはまさにそんな感じじゃありませんでしたっけ?
チェット・ベイカーはまさに一般の方が想像するような“ジャズトランペッター”を地で行く人で、彼を題材とした映画も複数存在するほどの人気を誇りますが、今回の記事ではそういった面にはあまり触れません。
彼の生きざまに大きな魅力を感じるのはとても共感できるところではありますが、そういったものについてご興味のある方は映画や他の資料を当たることをお勧めします。
トランペッターとしてのチェット・ベイカー
さて、純粋に1人のトランペッターとしてのチェット・ベイカーを見た場合、その特徴として挙げられるのはクールな音色(歌声も含めて)と、音数を多く使うビバップだハードバップだという時代にありながらも、ある種現代的な、少ない音数で流れるような美しいメロディラインを紡いでいくスタイルでしょう。
少なくとも1950年代、有名どころでこのようなスタイルの演奏を行っていたのはマイルス・デイビス、あとはせいぜいケニー・ドーハムくらいだったでしょう。
ほぼ同時期の演奏ですが、いかがでしょう?
アプローチに細かな違いはあるものの、上に挙げたような特徴は確かに似通っていますし、ついでにヴィブラートが少ないというのも共通しています。
逆に両者の違いを強いて言うならばチェット・ベイカーの方がよりリリカル、マイルスの方はわずかにメカニカルな要素の強いフレージングです。
そして音色は(少なくともこの音源では)マイルスの方がよりダークな感じがします。
リリカル?メカニカル?
しれっと「 リリカル」「メカニカル」とか書いていますが、あくまで一般の方向けにこれらの違いについて手っ取り早く言ってしまえば、それぞれのアドリブソロを口ずさんでみれば分かりやすいと思います。
自然に口ずさみやすい方がリリカル、そうではなく、たまに歌うのが難しい音程やメロディラインが含まれているものがメカニカルだと思っていただければよいでしょう。
ジャズのアドリブを学んでいる人ならお分かりかと思いますが、ある程度音楽理論を学び、演奏できるようになってくると(学生時代の僕がそうであったように)どうしてもメカニカルなフレージングの使用が多くなってくることがあります。
もちろん、メカニカルなフレージングそのものが悪いということは決してありません。
しかし演奏する内容があまりにも偏りすぎると、音楽を演奏する際に最も大事な「歌心」が失われてしまうことが往々にしてあるのです。
歌心を失った演奏はもはや芸術ではなく曲芸です。
曲芸であっても「こんなことできるんだ! すごーい!」という称賛は得られるかもしれませんが、そこに芸術として人を感動させる力はありません。
冒頭で学生時代の僕が原先生にいただいた「チェット・ベイカーも聴いてみるといいよ」というアドバイスも、まさにそういった趣旨のものであったと思います。
マイルスと比較されることが多いが……
マイルスとチェット・ベイカー。
活躍当初から両者は比較されることの多いトランペッターですが、2人がたどった道のりは対照的なものでした。
マイルスはどんどん新たな境地を求め、見知らぬ世界へと旅立ってしまったのに対し、チェット・ベイカーは晩年までこのスタイルを貫き続けたのです。
確かに1950年代にかけての二人の演奏スタイルは、似ていると言われてもまあ納得できる節がありますし、一般的にもよく比較されることの多い両者ではあります。
「音数が少なめで、クールな音色」
確かにこれだけ見れば似ていると言われても仕方ありません。
しかしこれは音楽のとても表面的な部分であって、両者の音楽に対する考え方はかなり異なっており、その違いがのちの両者の音楽の違いに表れていると思います。
トランペットを演奏する者としてはこの2人が似た者同士で括られることには納得のいかないものがあります。
トランペッター目線からのオススメ作品
非常に多作なこともあり、彼の作品をすべてチェックしている訳ではないのですが、個人的には下記に挙げる作品がオススメと言えそうです。
Chet Baker in New York
チェット・ベイカーの演奏で有名な”Polka Dots and Moonbeams”が収録されている作品。
1958年の作品とあって、若々しく(当時28歳)元気なチェット・ベイカーの演奏を聴くことができます。
トランペットの音色も太く柔らかく、そして少し音を張ると輝かしいキラキラした成分を聴きとることができます。
She Was Too Good To Me
この作品に収録されている”Funk In Deep Freeze”はトランペッターには人気のある曲です。
そもそもこの曲自体、クールなチェット・ベイカーのイメージにはぴったりですしね。
この作品は1974年のものですが、”Autumn Leaves”はきっとコルトレーンの影響を受けたのかなというフシがあって面白いです(笑)
他にもサイドメンがやたらと豪華で、特にドラムはスティーブ・ガッドとジャック・ディジョネットの演奏の聴き比べなんてことも可能です。
Silence
リーダーはチャーリー・ヘイデンで、1987年のイタリアでのライブレコーディング作品です。
チェット・ベイカーの晩年の演奏ですが、タイトル曲”Silence”での語りかけてくるかのような演奏や、難曲”Conception”での無理なくスムーズなアドリブのラインは非常に魅力的です。
個人的にチャーリー・ヘイデンが好きってこともありますが(笑)。