「West Side Story」有名映画音楽がジャズスタンダードに オスカー・ピーターソン渾身のカバー作品

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オスカー・ピーターソン「West Side Story」

パーソネル

  • Oscar Peterson(Piano)
  • Ray Brown(Bass)
  • Ed Thigpen(Drums)

アルバムトラック

  1. Something’s Coming
  2. Somewhere
  3. Jet Song
  4.  Tonight
  5. Maria
  6. I Feel Pretty
  7. Reprise

あの名作映画「ウエストサイドストーリー」の音楽をジャズピアノ界の大御所であるオスカー・ピーターソンが自身のトリオでカバーしたアルバムです。

そもそもジャズにおけるスタンダードとはミュージカルや映画音楽をモチーフにしたものが多く、「All The Things You Are」や「Summer Time」「酒と薔薇の日々」など数多く取り上げられています。

なのでこのアルバムが発表された1962年頃、オスカー・ピーターソンも同じように映画音楽からインスパイアされたのでしょう。

ウエストサイドストーリーは、2つのギャングが抗争を行なっている中、敵対するギャングにそれぞれ所属する男女が恋に落ちていく様を描いた現代版シェイクスピアです。今年(2022年)もスピルバーグによってリメイクされましたのでご存じの方も多いでしょう。

劇中の音楽はレナード・バースタイン作曲です。奇抜に聞こえるメロディラインやドラマティックなものもこの映画の核となる曲が多く、劇中ではミュージカルのように登場人物が歌ったり踊ったりしながらストーリーがシンクロしていく最高の映画です。

壮大なオーケストラのイメージですがこれをどうやって3人だけで演奏するのか、映画音楽をどういう風にジャズに落とし込んでいくのか、というところがこのアルバムを聴く前に期待するところです。

ピアノトリオのスタイルを貫く

特に映画によって原曲を知っている人であれば、オーケストラの壮大なイメージを持って聴いてしまいますが、聴き始めればちゃんとしたピアノトリオのサウンドに落とし込まれているのがすぐにわかります。

原曲のオケと比べるという感覚にならないので「これはこれ」とすぐに受け入れて楽しめるのがいいですね。

どの曲もウエストサイドストーリーの大事なメロディ部分は削ぎ落とさず、原曲のイメージにかなり近い形でアレンジされています。

そもそもの楽曲が少しジャズの雰囲気も持っていたりするので、このアルバムではよりジャジーになって楽曲がさらにグルーヴしているので聴いていてワクワクします。

シンプルだけど構築されたアレンジ

1曲目”Something’s Coming”。

しっかりアレンジされていてスピード感あふれるパート、不気味な雰囲気を持つパート、緩やかな綺麗なメロディを奏でるパートと色んなセクションが次々に飛び出してきます。

音楽のストーリーに引き込まれていくのでまるで本当に映画を見ているかのような展開にドキドキします。

その中でもオスカー・ピーターソンらしいブルージーな歌い方、ストライド奏法、流れるような音数で攻めるプレイが曲の中でも際立っているのでまるでこちらがオリジナルかと思うほどナチュラルに聴こえてきます。

2曲目の”Somewhere”はとてもキレイなメロディをベーシストのレイ・ブラウンがアルコで歌うように聴かせてそこからピアノにメロディが受け渡されていきます。

そこからさらにオスカー・ピーターソンが歌い上げるのでイントロからかなり聴きごたえがあります。特にレイ・ブラウンのアルコは聴いているだけでありがたみを感じますよね。

ドラマーのエド・シグペンがマレットでシンバルロールするところはまるでオーケストラのパーカッションのように壮大です。

3曲目の”Jet Song”はかなりオスカー・ピーターソン・トリオに寄せたアレンジでかなりブルージーです。

ソロは普通のブルース形式に聞こえますが少しコードが足されていてブルース進行とは異なります。それでも普通に聴いていればブルースと言われても全く違和感がないほどブルースになっているのでここのアレンジも面白かったです。

4曲目の”Tonight”は個人的に大好きな曲です。もともと軽快な曲ですがこのトリオはもっと軽快に演奏しています。

メロディはどう聞いてもTonightなのにジャズスタンダードと同じくらい違和感なくアレンジされているのは聴いていて不思議な感覚になります。

オスカー・ピーターソンの弾きまくるソロの中にも劇中で出てくるメロディが散りばめられているのもいいです。

どんなに曲中で自由になってもしっかりウエストサイドストーリーということが強調されているので、アルバムのコンセプトである映画音楽というのを意識させられます。

5曲目の”Maria”は原曲のルンバのフィールをそのまま生かしています。レナード・バースタインの独特なハーモニーもかなり再現されていてメロディの美しさがかなり引き立ちます。

“I Feel Pretty”はかなり軽快なスイングにアレンジされていますが途中3拍子に変わり劇中の雰囲気に近づきます。ピアノソロ中でもこの3拍子がいきているのでアレンジとしてとても効果的です。

曲の最後はどんどんドラマティックに展開されてピアノトリオがいつの間にかミュージカルのように聴こえてきます。

ピアノトリオというフォーマットで演奏されているのでオケとは違う形で曲を楽しんでいるはずなんですが聴いているうちにやっぱりミュージカルのように聴こえてくるという不思議なアレンジと演奏ですね。

しっかり曲のメロディ部分とソロ部分が分かれていてとても聴きやすいのも印象的です。ソロのフォームはAABAやABACなどのフォームではなく、このトリオのためにしっかり練られただろうコード進行で進んでいきます。

アレンジが凝っているのにとてもシンプルで聴きやすいという矛盾しているようなことが体感できるアルバムです。

オスカー・ピーターソンのイメージとマッチする楽曲たち

何よりもオスカー・ピーターソンと、この楽曲のカラーがバッチリハマっているところがこのアルバムのいいところです。

オスカー・ピーターソンのプレイスタイルはアグレッシブに弾きまくるスタイル。根底にはブルースやストライドピアノ、さらに祈りを捧げるような歌うピアノが私がイメージするオスカー・ピーターソンです。

さらにレイ・ブラウンの常にグルーヴするベースライン、曲のカラーを細かく変えながらもしっかりプッシュしていくエド・シグペンの2人のバッテリーも曲のアレンジの良い部分を最大限に引き出しています。

「West Side Story」の奇抜なメロディもこの3人にかかればジャズスタンダードのようになってしまいますし、聴いていて大作に感じるのにライトに聴けるというこの不思議な感覚もこのアルバムでしか体験できないかもしれません。

映画を見なくても十分楽しめるアルバムですが映画を見てからこのアルバムを聴くと120%楽しめると思いますので、まだご覧になってない方はぜひ映画とセットでお楽しみください。



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野澤宏信 1987年生。福岡県出身。12歳からドラムを始める。2006年洗足学園音楽大学ジャズコースに入学後ドラムを大坂昌彦氏、池長一美氏に師事。在学中には都内、横浜を中心に演奏活動を広げる。 卒業後は拠点をニューヨークに移し、2011年に奨学金を受けニュースクールに入学。NY市内で演奏活動を行う他、Linton Smith QuartetでスイスのBern Jazz Festivalに参加するなどして活動の幅を広げる。 NYではドラムを3年間Kendrick Scott, Carl Allenに師事。アンザンブルをMike Moreno, Danny Grissett, Will Vinson, John Ellis, Doug WeissそしてJohn ColtraneやWayne Shorterを支えたベーシストReggie Workmanのもとで学び2013年にニュースクールを卒業。 ファーストアルバム『Bright Moment Of Life』のレコーディングを行い、Undercurrent Music Labelからリリースする。 2014年ニューヨークの活動を経て東京に活動を移す。現在洗足学園音楽大学の公認インストラクター兼洗足学園付属音楽教室の講師を勤める。