カデンツァはシンプルなことから挑戦してみよう

ジャズにおいてのカデンツァというと、大抵の場合はバラードの最後に1人でアドリブ演奏することが多いのですが、そもそもカデンツァはどのようにして演奏すべきなのでしょうか。

今回は僕も大の苦手なカデンツァについて書いてみたいと思います。

まず大きな前提として2つ。

そもそもカデンツァの演奏は、少し高等テクニックです。

100%勘のみに頼った演奏を否定するわけではありませんが、まずカデンツァを演奏するのなら基本的な音楽理論を多少は知っており、通常のアドリブも多少なりとも演奏できた方が無難でしょう。

そうでない方は今回の記事の内容を理解できない可能性があります。

また基本的にカデンツァの演奏は自由です。 本来何をしても構いませんが、やはり一般的に受け入れられやすい形というものが存在します。

芸術の本質的な意味に則るのであれば、そこで楽器を演奏するのをやめて声で表現したってダメということはありません(あなたがそれを真に美しいと思うのならば)。

ただしカデンツァについて学ぼうという人へ向かって、初めからこれを勧めるわけにはいきませんよね(笑)。

というわけで今回の記事はこれらの前提に立って書き進めていこうと思いますが、あくまでも原則的には自由であるということだけは頭の片隅に置いておくと何か良いことがあるかもしれません。

どこでカデンツァをするのか

曲のイントロとして演奏されることもありますが、多くの場合はその曲の後テーマ最後のトニックの手前のドミナントです。

曲の最後がDm7|G7|CM7となっていたらG7のところで完全に1人になってカデンツァの演奏をし始めます。

カデンツァに入りたい場合、そのドミナントの手前でだんだんテンポを落としていくか、何か1つの音を長く伸ばしてしまえば多くの場合、リズムセクションが察してくれるかと思います。 もちろん事前にこの曲の終わりはカデンツァでと伝えておいても良いでしょう。

カデンツァで何を演奏するのか

基本的にはその曲のトニックへと向かうものを演奏します。

CM7がトニックであれば、そこへ向かっていく何らかのメロディです。

最もシンプルな形であればCのイオニアンに使われる音を用いて何らかのメロディを演奏します。

この時にはそれらの音をデタラメに演奏すれば良いのではなく、トニックであるCM7へ解決する何らかのケーデンスが成立していることが重要です。

ケーデンスとは

さらっとケーデンスという言葉が出てきましたが、これについては解説が必要でしょう。

ケーデンスとは終止形と訳されるそうですが、コード進行の最小の塊で、最後が必ずトニック(終止、安定)となっているもののことです。

ですからII-V-Iなんかもケーデンスの一種です。
※そもそもカデンツァという言葉自体に終止形という意味も含まれ、ケーデンスもカデンツァも語源は近いそうですが、混乱しそうなのでここでは触れません。

小説に例えるならば、小説はたくさんの文章を積み重ねていくことによってストーリーを綴っていくものですが、ケーデンスはその小説中の1つひとつの文章のようなものです。

一般的なジャズの演奏でもさまざまなケーデンスを積み重ねてストーリーを紡いでいきますし、カデンツァではこのケーデンスを自分1人で生み出していくことになります。

もし仮にケーデンスを用いず、ランダムに音を並べただけであればカデンツァを聴いている側へはあなたがカデンツァで語りたいストーリーが伝わらない可能性が高くなってきます。

ストーリーが伝わらないということはどこで終わるのかも伝わらないということですから大変な問題です。

そもそもストーリーが共演者にすらも伝わらないということは聴衆へ向かっては言わずもがなです。

アイコンタクト

カデンツァの最後に共演者へ向かって「ここで終わって!」とアイコンタクトをすることもあります。

特にリズムセクションがあまりカデンツァに慣れていない場合などはアイコンタクトをしてあげたほうが親切でしょう。

逆に共演者へカデンツァで紡ぐストーリーが伝わらなかったための措置としてアイコンタクトをするのだけはカッコ悪いので避けたいところですね(笑) とにかく何事もトライアンドエラーが大事ですから失敗を恐れずトライしてみましょう。

だんだんその人なりのコツらしきものが見えてくるはずです。

普段ケーデンスなど意識していないし、当然アイコンタクトもせずにちゃんと終われますよというケースも存在します。

それは意識せずともその演奏の中で何らかのケーデンスが生まれているからでしょう。 そもそもケーデンスとは人間の耳で聞いて自然に感じられるハーモニーの流れです。

ですからハーモニーの感覚に敏感であればケーデンスなど意識せずとも自然なカデンツァを演奏することが可能ですし、本来はこちらの方が理想的と言えます。

カデンツァで使えるケーデンスの例

これはもう本当に自由です。 シンプルにG7からCM7へ行く流れでも結構ですし、Em7|A7|Dm7|G7|(CM7)でも当然OKです。

ちょっとひねってDM7|DbM7|(CM7)みたいなコードチェンジに乗せて同じモチーフを半音ずつずらしていく展開も面白いかもしれません。

テーマの一部をそのまま流用したって良いでしょう。

カデンツァの練習方法

カデンツァに慣れていない場合はケーデンスそのものを複雑にするよりはシンプルなケーデンスから練習していくのが良いかと思います。

テーマのラストがDm7|G7|CM7で終わっている場合はトニックの直前のG7でカデンツァをすることになります。

テーマのラスト8小節くらいを演奏し、G7のところでカデンツァが始まります。 このときになるべく多くのことは考えずにG7で使える音を並べてみましょう。

ただし注意すべきなのはトニックへ解決してしまう音(この場合はCM7のコードトーン)を強調するとG7からCM7へ解決した感が出てしまうのでそれは避けたほうがいいでしょう。

トニックへ解決してしまう音を使ってはいけないわけではありません。強調してはいけないというだけです。

逆に言うならばここらで終わりという感じを出したい場合にはトニックのコードトーンを強調すると「ああこれで終わりなんだな」という感じが出ます。

もちろんコードトーンだけでなく、9や#11などに解決したって構いません。慣れてきたら積極的に挑戦してみましょう。

もし複雑なケーデンスにトライしたいという場合は事前にそのケーデンスとフレーズを仕込んでおくという手も練習の方法としてはありです。

  個人的な好みで言うならばこの音源のように短めにズバッと吹ききってしまうのが好みではありますが、まあその辺は本当に好き好きでしょう(カデンツァは4分42秒くらいから)。

何のためにカデンツァを演奏するのか

カデンツァはソリストのテクニックをひけらかすという意味で演奏されることもなくはないでしょうが、最終的にはソリストが表現したい何かがあるからこそ演奏されるべきだと僕は思います。

カデンツァに限ったことではありませんが、ジャズの演奏で曲芸を披露するのではなく、プレイヤーの内面やアンサンブルの中で何か表現したいことを感じたからこそ音を出す。

そういった演奏こそが聴衆を本当の意味で感動させるものになり得るのではないかと思います。

練習として複雑なフレージングやテクニックに挑戦するのは大いに推奨されるべきです。

しかしそれらはあくまでも練習であり、いつまでもそればかりではいけないということも頭の片隅に置いておくべきでしょう。

いざカデンツァとなる瞬間に特にそれ以上表現すべきものを感じなければシンプルに終わらせたっていいですし、それなら聴いている方も「ああそうだよね」と納得することでしょう。

まず初めに表現したい何かがあり、それを実現するための手段として様々な音楽理論や演奏技術があるという主従関係を忘れないようにしましょう。  

Body and Soulの始まりは14分50秒付近、カデンツァの演奏は22分15秒付近から



ABOUTこの記事をかいた人

金村 盡志(かねむら つくし)

1986年生まれ。中学生から吹奏楽を通してトランペットの演奏を始め、高校生からジャズに目覚める。その後、原朋直氏(tp)に約4年間師事し、2010年からニューヨークのThe New Schoolに設立されたThe New School for Jazz and Contemporary Music部門に留学。Jimmy Owens(tp)氏などの指導を受け帰国し、関東近郊を中心に音楽活動を開始。金村盡志トランペット教室でのレッスンを行いながら、精力的に活動を続けている。