ジャズドラムの形を創りあげたマックス・ローチの特徴を解説

皆さんはお気に入りのアルバムやジャズプレイヤーはいますか?

あまりジャズを聴いたことがない人やこれからジャズを聴き始める人にとっては、どのアルバム、どのプレイヤーを聴けばいいのかわからないというのはアルアルですよね。

さまざまな名盤、名プレイヤーは数多く存在しますが、ストレートなジャズを抑えておくのも1つの聞き方です。

というわけで、ストレートなジャズの原点であり、モダンジャズドラマーの元祖中の元祖マックス・ローチを紹介したいと思います。

マックス・ローチ(Max Roach)について

マックスローチといえば、小人数編成のジャズコンボであるビバップが始まった時期に活躍し、その後のジャズ発展に寄与した名ドラマーの1人です。

ジャズファンであればその名を知らない人はいないでしょう。

彼が活躍した時代には、速いテンポの曲中でいかに速くたくさんのフレーズを弾くか、というアスリート的な演奏方法が主流となっていました。

そしてもちろん、ドラムにも速くてアグレッシブな演奏が求められることとなります。

テンポの速い中でアドリブ演奏をするために、各ミュージシャンのフレーズに反応したり、テンポをキープしたり、人によってはその演奏についていくだけで必死となってしまうこともあったようで、この時代のジャズの好き嫌いもファンの中で分かれるところです。

そんな流行の中にあって、速いテンポを見事に演奏しているのに、まるでドラムが歌っているように聞こえる、という特徴を持ったミュージシャンが現れ話題となります。

それが、マックス・ローチです。

ジャズファンでなければ「ドラムが歌う」ということがよくわからないかもしれませんね。

これは、そもそもピアノやサックスなどとちがい音程がつかない打楽器であるドラムの演奏なのに、メロディが聞こえてくる、というものです。

ドラムソロのフレーズは音程がないために曲やコードに関係なく、どんな曲でもどんな場面でも使えますが、なにせドレミファソラシドのような音の高低がありません(ちなみに、よく使うフレーズ、またはよく使われる流行りフレーズをリックと呼びます)。

そのためフレーズだけを聴いてもどの曲のどの部分にあてはまるものか分かりづらいという特徴があります。

しかし、マックス・ローチは自分のリックをどの曲でも使うのに、曲のコード進行やメロディを聴き手に感じさせるように叩くために、同じフレーズなのに曲に合った自然な流れでソロを進めることが可能なのです。

文字だけで見ても分かりづらいでしょうから、あとで音源と一緒に紐解いていきますが、なぜそのような特異な演奏のできるドラマーになったのかは、彼の育った環境に原因がありそうです。

マックス・ローチのバックボーン

1924年にノースカロライナで生まれて4歳になる頃にニューヨークのブルックリンに引っ越します。マンハッタンのすぐ隣の人気地区ベッドフォードという所に住んでいたというので結構良いところの家みたいですね。

家族は音楽一家で母親がゴスペルシンガーをしていました。その影響で彼自身もゴスペルバンドでドラムを始めることになります。

10歳になる頃にゴスペルバンドに入り、18歳で高校を卒業する頃にはピアニストのデューク・エリントンのバンドに呼ばれて演奏をしています。その1年後にはサックスのコールマン・ホーキンスとレコーディングをしてプロへの道を進むことに。

デューク・エリントンもコールマン・ホーキンスも当時から名プレイヤーであり、超人気ミュージシャンです。若い頃から才能を爆発させていたことが見て取れます。

そして、メロディを歌うことが中心となるゴスペルに幼いころから関わったことが、「歌」とメロディを持たない「ドラム」の間に本来ないはずの相関関係を築き上げるきっかけとなったのかもしれません。

また、エリントンとホーキンスというミュージシャンはジャズにおいて楽器を使ってフレーズを歌い込むプレイヤーとしてとても有名です(デューク・エリントンについて解説した記事はこちらから)。

プロとしての最初のキャリアにおいてこの人たちと関わっていれば、歌うことがいかに大切か、リハーサルやライヴにおいてその身にたたき込まれたことでしょう。

当時はコンボで演奏するドラマーは少なく、多くがビッグバンドでの演奏でしたが、同じようにコンボで活躍する著名なドラマーとしてケニー・クラークというミュージシャンがいました。

その彼と同じシーンでさまざまなミュージシャンとの共演をしながらビバップというスタイルのジャズを確立していきます。

ジャズを一緒に創ってきた共演者

ホーキンスとのレコーディング以降はさまざまなミュージシャンと演奏します。代表的なミュージシャンを挙げると、

  • チャーリー・パーカー(Alto Sax)
  • ディジー・ガレスピー(Trumpet)
  • バド・パウエル(Piano)
  • マイルス・デイヴィス(Trumpet)
  • クリフォード・ブラウン(Trumpet)

他にも、名前を挙げればジャズレジェンドしかいないような状況ではありますが(笑)、初期に関わったミュージシャンで言うと上記のプレイヤーたちが一番最初に上がるべきでしょう。

いずれもジャズ、というよりも現代音楽史に名を残すような人ばかりです。

チャーリー・パーカーとディジー・ガレスピーは、一緒のバンドで演奏する機会が多く、この2人のバンドでライヴレコーディングのアルバムを発表しています。

こちらの2人はビバップという演奏の火付け役であり、特にフレーズを吹きまくることで有名です。

そんな中で演奏を続けることはマックス・ローチに多大な影響を与えたと思います。

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ユニバーサル ミュージック (e)

バド・パウエルとマックス・ローチの相性もすごくよいのですが、2人が共演している名盤といえばこれです。

バド・パウエル名義のアルバムで数回に分けてレコーディングをしていてメンバーも分けているので、マックス・ローチが参加している曲は「Wail」と「Dance of the Infidels」という2曲になっています。

「Wail」で途中マックス・ローチのソロが少し入っていますが、やはりドラムだけなのにコード進行が聞こえてドラムのフレーズがメロディになって聞こえてきます。

この年代に同じような演奏が聞けるアルバムはそう多くありません。

マイルスとは名盤中の名盤である「Birth of the Cool(クールの誕生)」を一緒にレコーディングしています。当時のジャズの価値観を変える1枚ですね。

長くなるのでこのアルバムについての詳しい解説は省きますが(Birth of the Coolについてはこちらの記事で触れています)、Birth of the Coolまでのアスリート的な吹きまくるビバップの流れと違って、少しメロディックに聴かせる構成が特徴となっている1枚です。

普段のジャズスタンダードでよくある、テーマとソロ、だけではなくて、構成やホーンアレンジも少し凝っています。

吹きまくる、という要素もまだ残ってはいますが、明らかにビバップより響きがオシャレで尖っていません。

そして盟友クリフォード・ブラウンとは双頭アルバムを出して人気を集めました。この2人の「Cherokee」は、ジャズを演奏する者なら誰もが最初に聴くような、よく知られた名演です(クリフォード・ブラウンについて詳しくはこちらから)。

マックスローチは、何枚かクリフォード・ブラウンとアルバムを制作しましたが、その後クリフォードは交通事故によって他界してしまいます。

とても悲しい別れですがその後はケニー・ドーハムというトランペットを入れて自己のアルバムに集中していきました。

ドラムだけで作った一曲

以上のように、マックス・ローチはさまざまなミュージシャンと共演しながら、ドラムという楽器の可能性を広げていきます。

その一端が分かるのが、ドラムだけで演奏した曲のレコーディング。タイトルは「For Big Sid」で「Drums Unlimited」というアルバムに収録されています。

現代でもドラムのみで1曲まるまる演奏されることは希ですが、この時代ではさらに珍しい構成でした。

ジャズの教科書があったら載っていてもおかしくない貴重なドラムソロの曲です。

最初に出てくるフレーズを繰り返したり発展させていったりすることによって、曲に統一性を持たせています。

ただのフリードラムソロだと一貫性がないのが普通なのですが、最初から最後までストーリー性があるのはマックス・ローチならではの持ち味です。ライヴでも演奏している映像が残っています。

ライヴの場合でもしっかり最初のリズムを引用して演奏していて、オーディエンスまで巻き込んでしまう力がある曲です。

歌うドラマーといえばこの人となる理由が分かる一曲ですね。

マックス・ローチのドラムソロを深掘り

実際にいくつかドラムソロを聴いてみましょう。

全部通して聴いた方がいいですが、かいつまんで聴きたい方はドラムソロの始まる分数を書いておきます。

4:10あたりからドラムソロ始まります。

2:50あたりからドラムソロです。

3:10あたりからドラムソロが始まります。

どうでしょう? ドラムソロから聴き始めるとただのドラムソロに聴こえてはきますが、最初のテーマのメロディを聴いた後にドラムソロの部分に移ると、なんとなくマックスローチのドラムソロからメロディが聴こえてくるのがわかるでしょうか。

いわゆるサックスやトランペットのメロディみたいに聞こえるわけではなくドラムとしての歌い方です。

マックスローチのソロの取り方の特徴として、ある一定のリズムを何回かくり返すことで聴いている人に先のリズムを予測させるというものがあります。

リスナーは何をやっているかを理解しながら聴いていくので、音が多いながらもソロがシンプルに聴こえます。

比較対象がいないとマックス・ローチのシンプルさがわからないと思うのでこの音源を聴いてみてください。

ドラムソロは3:10あたりからです。

このソロを叩いているのはエルヴィン・ジョーンズというドラマーですがこれを聴くとマックス・ローチのドラムソロのシンプルさがわかりますよね(笑)。

ちょっと極端な例ですがこのような感じで違いがあります。

後に影響を与えたであろうドラマー

僕たち、現代のプレイヤーが、現役として活躍しているプレイヤーに憧れるのと同じように、各時代の名プレイヤー達もマックス・ローチに憧れを抱く人は少なくありませんでした。

  • フィリー・ジョー・ジョーンズ
  • ビリー・ヒギンズ
  • トニー・ウイリアムス
  • ケニー・ワシントン
  • ブライアン・ブレイド
  • グレッグ・ハッチンソン

ほぼ全ドラマーが影響を受けているのは間違いないですが、上のドラマー達はプレイを聴く限り特に影響を受けている気がします。

マックス・ローチはビバップの原点、ジャズドラマーの父のような存在です。

ジャズを演奏するにしても、聴くにしても、ルーツを知ることはとても大切。

根っこがあるからこそ深く理解でき、さまざまに枝分かれしたジャズも楽しめるようになってきます。

名前は知ってても、あまりマックスローチを聴いたことがなければ、これを機にぜひ聴いてみましょう。

特にドラムでの演奏を志す人は、必聴ですよ。



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野澤宏信 1987年生。福岡県出身。12歳からドラムを始める。2006年洗足学園音楽大学ジャズコースに入学後ドラムを大坂昌彦氏、池長一美氏に師事。在学中には都内、横浜を中心に演奏活動を広げる。 卒業後は拠点をニューヨークに移し、2011年に奨学金を受けニュースクールに入学。NY市内で演奏活動を行う他、Linton Smith QuartetでスイスのBern Jazz Festivalに参加するなどして活動の幅を広げる。 NYではドラムを3年間Kendrick Scott, Carl Allenに師事。アンザンブルをMike Moreno, Danny Grissett, Will Vinson, John Ellis, Doug WeissそしてJohn ColtraneやWayne Shorterを支えたベーシストReggie Workmanのもとで学び2013年にニュースクールを卒業。 ファーストアルバム『Bright Moment Of Life』のレコーディングを行い、Undercurrent Music Labelからリリースする。 2014年ニューヨークの活動を経て東京に活動を移す。現在洗足学園音楽大学の公認インストラクター兼洗足学園付属音楽教室の講師を勤める。