本当は熱血トランペッター ケニー・ドーハム

ケニードーハム

ケニー・ドーハムと言えば多くの人が思い浮かべるのがこの作品でしょう。

Quiet Kenny (邦題:静かなるケニー)です。

この作品によって一般的にはケニー・ドーハム=音数が少なく、シンプルな演奏スタイルだというイメージが定着したのではないでしょうか。

ケニー・ドーハムの演奏スタイル

確かにQuiet Kennyを聴く限りでは、ドーハムは同時期に活躍したトランペッターに比べて音数が少なく、そして音色そのものも地味な印象があります。

ドーハムと同時期に活躍したトランペッター、なかでもディジー・ガレスピー、クリフォード・ブラウン、リー・モーガンらと比べると比較的地味だと思われても仕方ないのかもしれません。

特にトランペットという楽器を効率よく、そして目一杯鳴らしきるクリフォード・ブラウンなどとは異なり、暗めの音色、少なめの音でリリカルにメロディを紡いでいく様子はトランペットの詩人などと形容されることもあるようです。

同時期のトランペッターとの比較で言うならこういった演奏スタイルはむしろマイルス・デイビスやチェット・ベイカーなどと似たようなものとみなされることが多いでしょう。

 

しかしそれは、本当にドーハムの演奏スタイルを正確に捉えた評価なのでしょうか?

アフロキューバンジャズの火付け役

ケニー・ドーハムといえばQuiet Kennyほどではありませんが、こちらの作品も有名です。

アフロキューバンジャズ(シンプルにラテンジャズとも)の火付け役ともなったAfro-Cubanです。

こういったスタイルのジャズ自体は決してドーハムが先駆けというわけではなく、ディジー・ガレスピーとコンガ奏者のチャノ・ポソ(”ポゾ”とは発音しないようです)のコンビによって知名度を得たというのが通説のようですが、ドーハムのこの作品もそのムーヴメントを強く後押ししたようです。

いかがでしょうか? この作品でのドーハム。

Quiet Kennyで「静かなる」なんて言われていたのが嘘かのような熱い演奏です。

他にもいくつかアフロキューバンを題材にした作品は存在しますが、個人的にはQuiet Kenny以外のドーハムの演奏はまさに「熱血トランペッター」と呼ぶのにふさわしいような気さえします。

ちなみに後年、ロイ・ハーグローブはHabanaという作品の中でドーハムの曲(”Una Mas”と”Afrodisia”)を取り上げています。

“バッパー”だったのか?

日本では専らビバップ、ハードバップを演奏するプレイヤーのことを「バッパー」なんて呼んだりしますが、ドーハムもこの括りに入れられることが多いように感じます。

しかしテナー奏者のジョー・ヘンダーソンとの作品をはじめ、1960年代以降の作品では比較的チャレンジングな作品にも手を出しています。

Trompeta Toccataでは曲のアレンジだけでなく彼の演奏スタイルそのものもかなりアグレッシブなものになっています。

こういった流れにはドーハム個人の要因というより、このくらいの時期からハードバップ人気が下火になっていったというのも関係あるでしょう。

しかしドーハムを一言で名バッパーだったね、と片付けるのにはトランペットを演奏する者としては違和感があります。

トランペッター目線からのオススメ作品

ここでは有名すぎるQuiet Kennyはあえて外しておきましょう。

もちろんQuiet Kennyが素晴らしいことには何の異論もありませんが。

Inta Somethin’

1961年のライブをレコーディングした作品で、1曲目の”Us”や3曲目”Let’s Face the Music”そして最後の曲”San Francisco Beat”ではジャッキー・マクリーン(as)、ウォルター・ビショップJr.(p)、リロイ・ビネガー(b)、アート・テイラー(ds)らとの非常に熱い演奏を聴くことができます。

演奏はもちろんのことですが、この作品、セットリストを俯瞰してみても緩急が上手に織り交ぜられた、とても良い構成になっているなと思います。

Una Mas

Afro-Cubanと同様、アフロキューバンジャズの名盤としてもよく知られる作品です。

タイトル曲となった”Una Mas”ですが、Inta Somethin’の冒頭に収録された”Us”と同じ曲です。

Inta Somethin’が1961年収録、Una Masが1963年に収録されたもの(発売は1964年)ですから、2年経ってやっぱり曲名変えようとなったのでしょうか(笑)

この作品は全部で4曲収録されていますが、オリジナルLPに収録されていなかった4曲目”If Ever I Would Leave You”以外はノリノリの作品となっています(そもそも当初4曲目が入れられなかったのは他の曲と雰囲気が違うからのようです)。

ジョー・ヘンダーソンとの作品

ドーハムは60年代以降、テナー奏者のジョー・ヘンダーソンと頻繁にレコーディングを行っていました。

Page One

Our Thing

In’n Out

特に上記3作品ではリーダーであるヘンダーソンばかりが注目されがちですが、曲をよく見るとヘンダーソンかドーハムのオリジナル曲しか収録されておらず、いずれの曲も当時としては斬新なものばかりです。

この頃はハードバップ末期で様々な試行錯誤が行われた時代で、ある種独特の空気感を持っており、ひと通りのジャズスタンダードを聴いたという方はぜひチェックしてみるべき作品群です。

ちょっとややこしいCafe Bohemiaシリーズ(?)

最後に、ドーハムの参加している作品で、Cafe Bohemiaと名の付くものが複数存在します。

ひとつは1956年(発売は1967年)の’Round About Midnight at the Cafe Bohemiaで、こちらはドーハムがリーダー。

もうひとつは1955年(発売は1956年)のAt the Cafe Bohemia, Vol. 1,2で、こちらはアート・ブレイキーのジャズメッセンジャーズ名義での作品です。

年代が近い上に、CDだとどちらも2枚で1組の作品と、少しややこしいのでよく注意しましょう(笑)。



ABOUTこの記事をかいた人

金村 盡志(かねむら つくし)

1986年生まれ。中学生から吹奏楽を通してトランペットの演奏を始め、高校生からジャズに目覚める。その後、原朋直氏(tp)に約4年間師事し、2010年からニューヨークのThe New Schoolに設立されたThe New School for Jazz and Contemporary Music部門に留学。Jimmy Owens(tp)氏などの指導を受け帰国し、関東近郊を中心に音楽活動を開始。金村盡志トランペット教室でのレッスンを行いながら、精力的に活動を続けている。