今月はクインテット(5人組)というテーマをピックアップしておすすめのジャズアルバムを紹介していこうと思います。
クインテットで定番な楽器の編成は2管(大体トランペット、サックス)にピアノトリオの編成もしくは現代だと管楽器1本にピアノ、ギター、ベース、ドラムというのが王道のクインテットの編成です。
2管+ピアノトリオのクインテットはアートブレイキージャズメッセンジャーズやマイルスバンドなどが有名ですよね。
ワンホーンにピアノ、ギター、ベース、ドラムだとカート・ローゼウィンケル、ケンドリック・スコットオラクルなど現代のサウンドに近いクインテットもあったりします。
クインテットになるとテーマのメロディを2人でハモったりバンドサウンドに厚みを出せたり、曲ごとのソロ順もバランスよく振り分けられるのでかなり魅力的な編成です。
なのでおすすめしたいアルバムが多すぎて選ぶのに悩みますが、今回は2管+ピアノトリオのクインテットでマイルスディビスのアルバム「Relaxin’」を取り上げて紹介していきたいと思います。
Miles Davis「Relaxin’」(1956)
パーソネル
- Miles Davis(Trumpet)
- John Coltrane(Tenor Sax)
- Red Garland(Piano)
- Paul Chambers(Bass)
- Philly Joe Jones(Drums)
曲名
- If I Were A Bell (by Frank Loesser)
- You’re My Everything (by Harry Warren)
- I Could Write A Book (by Richard Rodgers)
- Oleo (by Sonny Rollins)
- It Could Happen To You (by Jimmy Van Heusen)
- Woody’n You (by Dizzy Gillespie)
マイルスの第一黄金期のクインテットです。このバンドは同時期に「Steamin’」「Workin’」「Cookin’」というアルバムも制作していました。
この時、マイルスはレーベル会社のプレステージとの契約をさっさと終わらせてもっとギャラがもらえるレーベルに移りたいと考えていたそうです。
そのためプレステージと契約していたアルバムの制作枚数を一気に消化したのがこのアルバムを作ることになったきっかけです。
マラソンのように駆け抜けて次々のアルバムを作っていったので、後々これがマラソンセッションと呼ばれるようになりました。そのマラソンセッションでの1枚なのですが、やっつけ仕事に見えるようで、実はしっかりと、緻密に作られたアルバムなんです。
メンバーが自分の役割を熟知しているクインテット
マイルスのこのクインテットがかなり仕上がっているのがアルバムを通して聴くとよくわかります。
どの曲もそうですがマイルスがソロをとっているときはレッド・ガーランドとフィリー・ジョー・ジョーンズはかなり気を張ってコンピングしているように聴こえます。
マイルスは歌うように吹きたいのでバックにあまり余計なことをしないように指示しているのでしょう。
特にレッド・ガーランドは無駄なことをせず曲の色づけとしてコードをリズミックにコンピングしますが決してマイルスより前には出てきません。
それは音量を聴いててもわかりますし音数の少なさからも聴いているとよくわかりますね。
「Woody’n You」のマイルスのソロなんかは2コーラス目に入ってからはBがくるまで一音も弾きません。
弾かないことでA部分はベースとドラムのグルーヴが強調されたり、Bに入ってからはピアノが入ることによって音楽が鮮やかになります。
マイルスのソロが終わるとコルトレーンのソロにつながっていくのですがシーンが変わったようにレッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズがサックスソロの勢いを煽るようにバックでサポートしていきます。
マイルスは自分のプレイスタイルと反対の存在を置いて対比を作っていると表現していますが、マイルスのソロからコルトレーンにつないでからまた曲がだんだん盛り上げるという全体の流れも考えている気がしますね。
現にこのアルバムではどの曲も必ずマイルスから始まり次にコルトレーンが出てくる流れになっているのでそういうことではないかと個人的に思っています。
話をリズム隊に戻しましょう。このアルバムではレッド・ガーランドとフィリー・ジョー・ジョーンズの息のあったコンピングがいたるとこで聴けます。
「I Could Write A Book」のサックスソロ早々からピアノのコンピングとドラムのスネアのコンピングがリンクするのがわかりやすいです。
これは一緒にリズムを合わせようと思ったのではなく偶然合った感じです。超能力みたいですが一緒にずっと演奏する結果、長年の夫婦みたいに次に何をするのかがわかってしまう現象です。
「Woody’n You」ではもっとはっきりリズムがリンクします。これは偶然ではなくこの曲ではこういうコンピングで合わせてもいいかなっていうのを前もって口頭で決めていたと思います。
ガチガチにリハしているのではなく「なんとなくこんな感じで」というくらいで合わせていると思います。
ポール・チェンバースはバンドをグイグイ引っ張るようなベースラインでフィリーとの相性が最高なのはもちろんですが、2曲目の「You’re My Everything」のテーマでのプレイは秀逸です。
低音だけでなく高音で和音を弾いたりするのですが周りと溶け込むようなアンサンブルが本当にたまりません。
全体的なバランスはマイルスが指揮をとっているのがよくわかりますが、周りがこれだけ自分の役割を理解してプレイしているのは理想的で最高のクインテットの形の1つと言っていいでしょう。
緻密だけど実験的
緻密なアンサンブルだけでなく実は実験的なことも曲の中で取り入れています。
「If I Were A Bell」と「I Could Write A Book」のソロパートはソロが終わりそうなときに最後の方の4つのコード進行を繰り返しにしています。
普段はエンディングのときにやる”ターンアラウンド”という手方なんですが、ここではソロが終わりそうな雰囲気を出すことを目的としています。
ソロが終わると仕切り直し感が出るのでそれぞれのソロパートセクションにメリハリがつきますね。
普段はずっと音楽が繋がっていくのがよしとされていますが、ここではあえてマイルスはターンアラウンドで仕切り直し効果を出しています。
ただこれを普段のセッションでやるのは結構レアです。なぜならソロ中にテーマのメロディを少し出すことによってターンアラウンドにいくきっかけを作っているのですが、全員がよく聞いてないとできないことですし、ソリストも迷うとバンドを崩壊させるので全員にかなりの注意力が求められます。
他の曲では違うことも実験しています。4曲目の「Oleo」ですがドラムはマイルスのソロが終わるまでA,A,B,A構成のB部分しか叩きません。
トランペットソロに入ってからもポール・チェンバースしか弾いてなくて「さすがマイルス、そこまですっきりさせるか」と思うほどスペースを作っています。
サックスソロの2コーラス目頭からフィリーが勢いつけて入ってきます。そこから全員でグルーヴしだす瞬間がとてもテンションが上がりますね。
フィリーも芸が細かく、それまでB部分だけ叩いている時はブラシ、全員でグルーヴし出すときはスティックという風に大きくギャップを出す工夫をしています。
「It Could Happen To You」では終始2ビートで進んでいきます。リスナーにとってみればそれがどうしたの?という感じですが、プレイヤー目線ではずっと2ビート演奏しているとどこかで4ビートにいきたくなります。
4ビートにいかないと何も始まらないまま終わったかのような気持ちになるのです。しかしこのクインテットでは2ビートだけで曲の展開を成立させてソリストそれぞれのカラーがついています。
普通だったら微妙になるような危険なアイデアもこのクインテットでは音楽的に成功させているのがすごいですよね。