こんにちは、野澤です。
ジャズピアノに革命をもたらしたブラッドメルドーがついに新しいトリオで来日しますね(執筆時2025年の3月です)。
ベースはジョシュア・レッドマンとのバンド時代からと古い付き合いのあるクリスチャン・マクブライド、ドラムは巨匠ロイ・ヘインズの甥であり今や説明不要なほど大活躍してるマーカス・ギルモア。
このトリオの組み合わせはジャズファンからしても珍しいというか想像もつきませんでした。
繊細なプレイをするメルドーと王道路線でゴリゴリ弾くマクブライドの演奏がどうマッチするのか、またマクブライドのベースに浮遊感のあるギルモアのドラムがどう絡むのか期待です。
このトリオに目が離せない今回の公演は楽しみでしかたありません。
そんな大注目のブラッド・メルドーを今回ピックアップしてみようと思いますが、メルドー自身ではなくメルドーのトリオまたはプロジェクトに関わったドラマーをピックアップして違った角度から深掘りしてみようと思います。
Jorge Rossy
最初はブラッド・メルドートリオの初期のドラマーであるホルヘ・ロッシー(ジョージ・ロッシーとも言います)。
メルドーが世界的に有名になる前から一緒にやっていますがメルドーと同じくらい才能があるドラマーだと個人的に思っています。
音はビル・エバンスのバンドでも活躍したポール・モチアンのような少しバシャバシャしたスネアの音色でメリハリの面では好みが分かれそうですが、歌うようなドラムで音楽的なセンスが抜群です。
メルドーは難関なフレーズを演奏することでも有名ですが、そういったアプローチに対して柔軟でスピードのあるリズムを刻んでいきます。
フレーズがかっこいいというよりは空間を引き締めるような特殊なドラムで、メルドーとの相性で言うと誰よりもホルヘ・ロッシーが個人的な好みに合います。
ドラムだけではなくピアノやビブラフォンなどの違う楽器のプレイヤーとしても活動していて、その活動方針のためメルドーのトリオを降りた、とかいう噂もあります。
オススメのアルバム
・「Introducing Brad Mehldau」
アルバムのタイトルにイントロデューシングとついているとリーダー名義として初アルバムなのかと思ってしまいますが、メジャーアルバムとしては初のアルバムであって厳密に言えば初リーダーアルバムではありません。
過去には若手ジャズの登竜門であるフレッシュサウンドレーベルやクリスクロスから3枚ほど出していて、実はそれらにもジョージ・ロッシーは参加しています。
話をこのアルバムに戻しますが1-5曲目はラリー・グラナディア(Bass)ホルヘ・ロッシー(drums)で6-9曲目がクリスチャン・マクブライド(Bass)ブライアン・ブレイド(drums)という2バンド構成のメンバー。
最初の曲はジャズスタンダードナンバーの”It Might As Well Be Spring”。
1990年代は変拍子がブームとなりましたがその先駆けとなった1曲です。
ここでは7拍子が採用されています。この変拍子を演奏したことのある方ならわかるかもしれませんが変拍子に慣れていないと、とたんに自由を奪われた感覚に陥ります。
やり慣れているプロでもたまに気を張っているのがわかったりするので7拍子などの変拍子は難易度が高い。
そんな7拍子を自由に、そしてよく聴くとロジカルに演奏しているメルドーに驚かずにはいられません。聴けば聴くほど脱帽する演奏内容になっています。
ホルヘも7拍子の中で収めるようなフレーズを叩くのではなく4拍でまとめるようなフレーズで叩くのでパッと聴いた感じ4拍子に聞こえてしまうようなプレイをしています。
その次の曲の”Count Down”はアップテンポながらも2ビートと4ビートが混在するような絶妙な空気感で演奏が進んでいきます。
こんな演奏を常人がするとカオスになって観客も本人も訳がわからないような演奏になってしまいますがメルドーのトリオはコンセプトや中身がはっきり伝わるところがすばらしい。
この曲でのホルヘは3連符を2で割るようなフレーズで2拍ずつ進んでいくメロディに対しアプローチしています。
シンプルなカウントダウンのメロディに複雑に絡んでいくリズムがこの曲を一味変えていますね。ドラムソロも端的にまとめていますがその3連のモチーフを入れて後テーマに持っていくのもスマートです。
・「The Art Of The Trio Vol.4」
このアルバムを出した頃はスタンダードを演奏したライヴ版をCDとして出していて、vol.5まで出しています。
その中でもVol.4は特に名盤で最初の”All The Things You Are”から掴まれたリスナーも多いのではないでしょうか。
「Introducing Brad Mehldau」の”It Might As Well Be Spring”のときと一緒の7拍子で演奏していますが、この頃には変拍子の使いこなし方もさらに進化していて7を感じさせない自由さと表現力を大いに発揮しています。
メルドーは流石ですがここに食らいつくようなホルヘの狂気的な音。
決して攻撃的なタイプのサウンドではないはずなのですがメルドーのフレーズに被せてくるエネルギーがとてつもなく、音にさまざまなものが表れています。
メルドーもそれに対してさらにテンションを上げて演奏するのでバンドとしての勢いが全く止まりません。
ライドシンバルの4ビートのドライブ感も勢いよくベースのラリーとの相性も最高です。
3人ともプレイが密ですがそれぞれが自身のアイデアを大事にしながら進んでいるのがわかるので名ピアニストのビル・エバンスのようなインタープレイを彷彿させるスタイルも感じるでしょう。
“I’ll Be Seeing You”のミディアムな優しい曲でもクリエイティブな演奏をみせます。
前半はピアノのフレーズのハモリパートのごとく歌うようにプレイししていきます。
発展してあるポイントまで到達すると3人のプレイが一気に変わりそれぞれ距離をとって演奏しているかのような音楽の広がりができます。
それぞれ別なことをやっているようでお互い似たリズムで反応するような場面もみせるのでぐちゃぐちゃやっているようで統一感のある見事な演奏です。
何を言っているんだと思う方はぜひこのアルバムを聴いてみてください。
ピアノトリオの価値観が変わります。
Jeff Ballard
ブラッドメルドートリオの2代目となるジェフ・バラード。
メンバーが代わった当時は個人的には物足りなさを感じていましたが、年数が経つにつれてジェフ・バラードのドラムがメルドーのトリオに馴染んでいき、今ではいなくてはならない頼もしいドラマーだと感じる人も多いでしょう。
ホルヘとは太鼓の音色だったり飾らないドラムが似ていて同じタイプのようなドラマーのようですふが、広がりのあるホルヘのプレイと違って低重心なビートで淡々としているところがジェフ・バラードのプレイです。
そこが個人的には物足りないと感じはするのですがメルドーのプレイを引き立てる感じやポリリズムを感じるような複雑なタイム感を持つジェフ・バラードもいわゆるバケモノ級のドラマーで間違いありません。
オススメのアルバム
・「Brad Mehldau Trio」
この新しいトリオになってからの初めてのレコーディングアルバムです。
メルドーは右手と左手が別人格のような弾き方をするのが得意ですが、さらに独立性が増してまるで4人で演奏しているかのような広がりをみせます。
ホルヘの場合はこの左手に反応していくようなアプローチをしていったのですがジェフ・バラードの場合はこの左手を気にしながら別のアプローチで攻めていきます。
スイングのスピード感は落ち着いていますが前にドライブしていく感じだったり弾力のあるシンバルのタッチは見事です。
メルドーのピアノに反応していくスピード感も異常に早く大袈裟な演奏ではないので変化が感じられにくいかもしれません。
改めて今回聴き直しましたがこのアルバムが出た当時に聴いていた印象とだいぶ変わり今更ですがジェフ・バラードの凄さに感動しています。
・「Seymour Reads The Constitution!」
ジェフ・バラードがメルドーのトリオのメンバーになって8年が経った時期くらいのアルバムです。
この頃になるとトリオサウンドとして確立されています。
ドライだけどリッチなシンバルサウンドがブラッド・メルドーのより風格を帯びたピアノサウンドによく混ざってとてもゴージャスなサウンドにアルバムが仕上がっていてとても好印象です。
メルドーが常人離れしたフレーズを弾いてもとてもクールなアプローチで対応しています。
無反応というわけではなくメルドーのピアノのフレーズが引き立つようにあえて反応しなかったり反応したり色んな戦略を一瞬で立ててプレイしています。
3曲目の”Almost Like Being in Love”はジャズスタンダードで知られている曲ですが、この3人にかかればスタンダードもメルドーのオリジナル曲のようにとてもクリエイティブな演奏に仕上がっていますね。
アップテンポなのが最初から感じはしますが2拍を1拍に感じながらゆったり弾くメルドー、高速レガートで曲の勢いをつけるジェフ・バラード。
ベースのラリーはその間をいくようにゆったり弾いたり速く弾いたりと2フィールと4フィールを行ったり来たりしてスリリングな空気感を3人で作ります。
メルドーのソロが微妙に変化したのをラリーが感じ取った瞬間に完全に4ビートに切り替わり高速スイングになるのですがこの時のラリーとジェフの4ビートが芸術的なほどピッタリシンクロしてスイングしますね。
メルドーはこれに乗っかるだけと言わんばかりの余裕なタイムの取り方をしていて軽々とピアノの音紡いでいきます。
ここまでスリリングなリズムセクションにリラックスして狂気的なフレーズを弾いているメルドーは奇才という言葉がピッタリハマります。
この曲でのジェフ・バラードのドラムソロもなかなか聴きごたえがありますね。
最初は1コーラスのトレードから始まりだんだん16バース、8バースと短くなっていきます。
このソロではマックス・ローチのように歌うドラムソロを心がけた内容でとてもメロディックでロジカルなフレーズになっていてドラマー目線からかなり勉強になる内容です。
ごちゃごちゃした感じが全くなくサラッと聴きやすいアルバムなのですが内容も充実していてとてもオススメな1枚です。
(番外編)Brian BladeとMark Guiliana
レギュラーのトリオ以外でもメルドーのアルバムやプロジェクトに参加しているドラマーもいるので少しピックアップしておきます。
まずはジョシュア・レッドマンのバンドで一緒にやっていたドラマーでもあるブライアン・ブレイド。有名なのは最初の方にご紹介したこのアルバムですね。
・「Introducing Brad Mehldau」
前述したように6曲目以降はブライアン・ブレイドが叩いています。
ブライアンとマクブライドのコンビになるだけでとても聴き馴染みのあるサウンドになります。
メンバーでここまで変わるなんて不思議ですがこれはこれで味わいのある演奏です。
きをてらう感じは全くないのですがこの3人での音楽の可能性を広げるようなアプローチはとても気持ちがいいですね。
ブライアンの歌うような繊細なソロも”London Blues”で聴けます。
“From This Moment On”のアレンジはメルドーらしさもありつつメルドーがあまりやらないようなリフや複雑なテンポチェンジも混ざっていてこれもなかなか面白いですね。
ブライアンの周りの空気をのみこんでいく高速スイングが圧巻です。メルドーのソロすらも食ってしまうような大きな存在感。。
マクブライドのソロになってからはいつ持ち替えたのかわからないくらいスティックからブラシに移行しています。
そしてこの滑らかなブラシさばき。
このアップテンポでここまで密なサウンドをストレスなく演奏し続けられるのか不思議でたまりません。ブライアンのテクニックと音楽力は人間離れしています。。
・「Taming the Dragon」
これはマーク・ジュリアナとのデュオのアルバム。メルドーは自身のドキュメンタリーで語っていましたがシンセにも興味を持っていたそうです。
そのシンセを弾くために手がけたプロジェクトがこのアルバムで、そのドラマーに抜擢されたのがマーク・ジュリアナ。これ以上の適任はいないでしょう。
マークはエレクトロミュージックを軸にして自身のバンド活動をしています。
その名も「Mark Guiliana and Beat Music」。まんまといえばまんまですがこれがとてつもなくかっこよくライブで聴くとロックバンド並にテンション上がります。
このテイストをメルドーはあらかじめ知っていてプロジェクトを進めていたのでこの2人の音楽のハマり方は予想以上に相性抜群でした。
1曲目の感じからもうシンセの浮遊した感じがいかにもマークジュリアナビートミュージック。
ナレーションみたいな語りと音楽が混ざるようなこの年代特有の作りですが語りの間にパワフルなシンセと激しいドラムが入ってきます。
このサウンドはメルドーらしくないと捉えるか新しいメルドーの一面と捉えるかはリスナー次第ですがこのサウンドやフレーズ感からビシビシとメルドーの色を感じます。
スイング系のドラマーではなく縦のビートがしっかりしているドラマーで今回挙げてきたドラマーと全くタイプが違いますがメルドーの音楽を十分に引き出している新世代のドラマーです。
以上がブラッド・メルドーと深く関わったドラマーたち特集でした。ドラマー視点でメルドーを分析してもやはりメルドーは天才なんだなとつくづく感じました。
テクニックはもちろんロジカルなソロの構成もあっぱれです。アドリブソロ主体の音楽ですから、一瞬の判断で弾いているはずなのにトータルで聴いてもあらかじめ用意していたのかと思うくらい流れが完璧。
それを分かった上でドラマーもプレイしていないとメルドーの理想とする音楽にはならないはずなので、今回挙げたドラマーもメルドーと同じくらいズバ抜けた音楽センスとテクニックを持ち合わせています。
今回メルドーのトリオで一緒に来るマーカス・ギルモアもセンスもテクニックも申し分ないので来日前ですが楽しみでなりません。来日前にこういった過去のアルバムを聴いて予習して来日を待つのも楽しそうですね。