ウィル・ヴィンソン、ギラッド・へクセルマン、アントニオ・サンチェス「Trio Grande」
パーソネル
- Will Vinson(Alto Sax)
- Gilad Hekselman(Guitar)
- Antonio Sanchez(Drums)
アルバムトラック
- Northbound
- Elli Yeled Tov
- Oberkampf
- Upside
- Scoville
- Gocta
- Firenze
- Will You Let It?
アルバムのタイトルやジャケットの三角形のマークなどトリオであることを強調されたアルバムです。この3人が対等に音楽を広げていきそうなのが伝わりますね。
そして今回紹介するこのアルバムも前回と同じくベースレスのトリオです。
ベースレスといっても今回はギター、サックス、ドラムなのでベースラインとコードを弾ける楽器がギターしかいません。しかもギターの特性上コード、メロディ、ベースラインを一緒に弾くということはできません。
なのでそれをどうやって3人が工夫しているのかもこのアルバムの聞きどころです。
3人がマルチにプレイする
このアルバムの場合はギターのギラッド・へクセルマンがベースの部分をサポートするような音使いをしています。そのおかげでベースがいなくても十分に音楽が成立しているアルバムです。
ですがさっき述べたようにベースラインを弾いているとコードやソロを弾けません。そのため後でベースラインかコードを足すオーバーダブ(多重録音)している可能性があるでしょう。
それか曲によっては弾いたフレーズをその場で録音させて繰り返し演奏してくれるルーパーという機材を使って録ってる可能性もあります。
このルーパーを使うと自由にコードも弾けて1度に2パートこなせてサウンドの幅も広がります。
この動画の7:30以降でギラッドはそのルーパーを使って音楽を展開しています。
サックスのウィルビンソンはサックスと曲によってはエレピも弾いているようです。やっぱり鍵盤のコードがあると厚みがでますね。
この2人のバランスがとてもよくギターがベースライン弾いている時はスッキリして、ウィルがコードを担当するときはバンドサウンドがゴージャスになります。
これを曲の中でうまく担当を分担しているので4曲目の“Upside”では最初にコードが幻想的に入ってギターがメロディをとっていき、ラストテーマでは逆にギラッドがベースラインを担当サックスがメロディをとってサウンドをスッキリさせて前テーマと後テーマで対比をつけています。
この対比の付け方も普通はスッキリしたところから盛り上がるようなゴージャスの展開にしていくのがセオリーなんですがあえて逆をつくアレンジも効果的で勉強になりました。
アントニオ・サンチェスはドラムに徹しているのですがサンチェスもプレイの仕方を曲によって変えています。
“Elli Yeled Tov”ではドラムというよりもっとパーカッション的にプレイしたり、”Gocta”ではもっとロックのようなプレイをしたりして変化をつけています。
どの曲もアグレッシブにプレイしているのですがニュアンスの付け方やオーケストレーションを変えているのでどの曲もコンセプトがしっかり伝わってくるところがサンチェスのすごいところです。
3人のオリジナルがメイン
今回3人がこのアルバムのためにオリジナルを書いて持ちよっています。正確にいうとこのアルバムのためというよりはこの3人でやる演奏形態のためにオリジナルを書いて作り込んでいる感じがしました。
ドラマーのアントニオ・サンチェスはこのアルバムで”Northbound”と”Gocta”と”Firenze”を作曲しています。サンチェスらしい少しロックの激しい部分がよく出ている曲が多いです。
1曲目の”Northbound”はシンプルにAセクションとBセクションに分けたテーマの構成になっています。
A部分ではリズミックなギターリフの部分にサックスのメロディが乗っかります。B部分でのギターはコードを伸ばすようなハーモニーにリズミックなサックスのメロディが合わさります。
このAセクションとBセクションでバッキングとメロディの対比がいい感じですしセクションが変わるとリズミックな部分から解放されるように聞こえて展開の変わり目が気持ちいいです。
そしてこのテーマ部分を最初2回演奏するんですが1回目と2回目でメロディの音域やニュアンスを使い分けながら見事に展開していくのでそこも面白いところです。
“Gocta”は7/8の変拍子でいかにもドラマーらしい味付けの曲になっています。雰囲気づけをしっかり前半でやってからテーマに入り曲のカオスな雰囲気をかなり練り上げていきます。
ピークをみんなで感じたらそこから一気に雰囲気を変えて次のセクションに攻め入るようになだれ込みながらギターソロに突入していくところも耳が離せません。
ギターソロもサックスソロもどっちもカオスなんですが統一性のあるサウンドをみんなで作っていきどっちのソロのアプローチも方向性を変えているのでこれは聞きごたえがある曲でした。
ギラッド が作曲した曲はいかにもギタリストらしいというか本人らしい曲を持ってきています。2曲目の”Elli Yeled Tov”を聴いた時はすぐにギラッドの曲だとわかるほど特徴が出ていますね。
優しい曲の雰囲気にみんなの手拍子を中心にしたパーカッシブなアプローチ、それに絡むようなギターリフがギラッドらしさがあります。
“Scoville”はギラッドの好きなギタリストであるジョンスコフィールドをイメージしたような曲です。これがサンチェスのドラムのフィールにすごくフィットしていますし、自由に弾くウィルの感じも相まってこのトリオサウンドを最大限に楽しめる1曲に仕上がっています。
ウィル・ビンソンの持ち曲は”Oberkmpf”と”Upside”になります。どちらかというとスローなものとスッキリしたものになりますがアルバムの流れを作るのに重要な曲となっていました。
“Oberkmpf”はスローでオープンな雰囲気をかもしだす曲です。少しひずみのあるギラッドらしい音色を味わえたり、そこからさらにオープンになって展開されるサックスソロも気持ちいいですね。
という感じでこのアルバムはみんなが持ち寄った曲で構成されています。普通それだと統一性が取れなそうですが3人とも考えが似ているのかどの曲も構成やコード進行は最小限に抑えてありバンドのコンセプトは自然と統一されいます。
そのシンプルな構成にどういうサウンドをつけるのか、どういう風にプレイするのかの味付けはこの特殊なトリオ用に考えて作り込まれた感じがあります。
細かいサウンドが作りこまれた上でお互いのキャラクターが明確に浮き出るようなプレイをしているので、この高いレベルでの曲の完成度とテクニックが両立してるところがこのアルバムの聴きどころでしょう。
コンテンポラリー好きにはオススメしたい1枚ですしギター、サックス、ドラムのイレギュラーなこのトリオがどうなっているのか気になる方はぜひ聴いてみてください。