着物リメイク作家の安藤さんに聞く ニッポンの着物を洋服にすること

ひともじの運営会社である小田原じてんしゃ工房を舞台に、新たにアーティストを支援する展示プログラムを始めました。

題して「人と文字のアートプロジェクト」。

最初の展示者は、着物を洋服へとリメイクする着物リメイク作家の安藤貴美子さん。

もともとテキスタイルデザインをおこなっていた安藤さんが、着物を使うことになったきっかけや、着物と洋服のこと。

私たちが日々身にまとう服とは、そもそもどんなものなのか。

お聞きしていきます。


安藤貴美子
安藤貴美子
多摩美術大学染織科を卒業後、1970年代後半から日本のテキスタイルデザイナーとしてパリのオートクチュールにも採用された松井忠郎の四季ファブリックハウス、刺青プリントTシャツで話題になった坂井直樹が帰国後に設立したウォータースタジオなどで腕をみがく。その後、仲間と共にデザイン事務所 スタジオ’K3を立ち上げファッションからインテリア、日常のファブリックにいたるまで幅広くデザインにたずさわる。出産を機にフリーに。以降しばらくの間デザインの世界を離れ、フルオーダーの洋服制作を行うかたわら、母の死をきっかけに着物の価値を再認識。着物リメイク作家としての活動を始める。

テキスタイルデザインを始めたきっかけ

安藤貴美子
━━最初にお聞きしたいんですが、テキスタイルデザイナーとしてのキャリアを積んでいくきっかけはあったんでしょうか?

安藤さん 実は、最初は絵描きになりたかったんです。幼稚園くらいから絵画を習っていて、とっても絵が好きで。

それで「将来は絵画を習うために美大に行こう」と決めていたんですが、中学生くらいの頃に絵画よりも、もっと実用性のあるデザインの道へ進みたいと考え直したんです。

これは母の影響が大きくて。母は、着物の着付けをしたり、昔から都内で買い付けてきた生地を使って洋裁をおこなっていました。

プロの洋服デザイナーという訳ではありませんでしたが、私自身の洋服なども母の手作りのものが多くありました。

時代もあったんですが、徐々に大量生産の洋服が流通する中、やっぱり母の作った服はデザイン性も高くクオリティの違いが明白だったんです。

そんな制作の姿を見ていたので、より直接的に誰かのためになるデザインを、という心境の変化へとつながったのかなと思います。

帯をリメイクしたワンピース

帯をリメイクしたワンピース

━━昔からデザインというものがすぐ近くにあったんのですね。実用的デザインの中でもテキスタイルを選んだというのはやはり同じようにお母様からの影響が強かったのでしょうか。

安藤さん グラフィックデザインには初めから興味が湧かなくて…。消去法的にテキスタイルにいったというか。

それで多摩美に入学するんですが、2年次のときに、“織り”か“染色”かを選択することになりました。

当時は、どちらにもいけるだけの幅はあったんですが、やはり母がよく使っていたプリントの生地などを扱ってみたいという思いから染色を選択しました。

そういう意味では、母からの影響は強かったですね。

━━それから大学卒業後にテキスタイルの事務所に就職して、実地で腕を磨かれていくと思います。ご結婚などを機に一度デザインから離れられます。そこから今回の展示のテーマでもある着物のリメイクへは、どのような流れで行き着くのでしょうか。

安藤さん 事務所に所属していた頃は、海外・国内の有名ブランドのデザインを担当することもできてすごく楽しかったですね。

ただ、結婚や出産をデザインの仕事と両立するのが難しくて。社会的にも、現在ほど働き方に対する理解も深くはなかったので、一旦現場を離れることになりました。

その後ようやく子供が独立して手が空き始めたので、半分趣味のように洋裁を始めました。デザインは実務として行っていましたが、洋裁に関しては独学で勉強を始めます。

しばらくしたときに母が亡くなり、形見の和箪笥からたくさんの着物が出てきたんです。姉は裏千家でお茶を習っていたりしたので、着られるものにかんしては姉がそのまま使うことになりましたが、中には流行的に現代

では着ないものや、一部に染みなどがありそのままでは使用できないものもありました。

そもそも、私自身は着物を着るという機会がなく、そのままであれば処分したり売りに出すということになっていたんだと思います。ただ、私は捨てたくなかった。

着物をリメイクしたワンピース

着物をリメイクした作品。色合いが素敵です

━━捨てたくなかったというのはエコなどの観点からですか?

安藤さん そういう気持ちもありあましたが、なによりも母が好きで買ったり、好みにあう生地として集めたものをぞんざいに扱うようなことが嫌だったんですね。

そこで、これらを捨てることなく、自分に合ったスタイルで身につけることはできないかと考えはじめたんです。

最初は小物などにアレンジする方法も考えました。そういった方法の関連書籍などもたくさんあるんですね。

だけど、本来“着る”という目的のために購入されたものを小物にするというのは、着物の意味合いを変えてしまうような気がして。

それで自分も着ることのできる洋服へとリメイクすることにしたんです。

━━ただ使えるように作り変えてしまうのではなく、購入した人の意志というか、その着物や生地の“存在意義”を変えずにリメイクするというのが大切だったんですね。

安藤さん その通りです。それで一番最初にワンピースの制作に着手しました。

安藤貴美子
━━着物をワンピースにリメイクするというのは制作工程の想像がつきにくいことですね。実際どのような手順を踏まれるのでしょうか。

安藤さん そもそもなんですが、まずは題材とする着物や帯を決めます。

そうして、今度はそれを生地の状態に戻すためにほどいていきます。

で、ほどいていく段階で分かるんですが、同じような作りの着物や帯であっても、見た目からは思いもよらなかったような構造になっていたり、制作者によって作り方が大きく異なるんです。

帯はかなりしっかりとした作りなので、洋服にすると一部だけが重くなったりと使いにくいかと思ったんですが、ほどいてみると、生地を二つ折りにして、中に芯を入れて作られていることが分かりました。

だから、芯を外せばただの生地にすぐに戻るので、逆に使いやすいことが判明したり。

着物はもっと顕著で、後から使用するために襟の部分に余り生地を詰めていたり、実は一度切った生地を縫い合わせて作られていたりと、見た目からは想像のつかない部分がたくさん出てきました。

━━着物をほどくというのは着ている人たちはほとんど行わないために、着ている本人でも知らないことも出てきそうですね。

安藤さん まさにそうです。十分な長さのあるものと思ってほどくと、別の生地を縫い合わせて長さを出していたりするので縫い目が表れてしまい、最初の想定通りに使えないことがあったり、それぞれに柄や色合いが違うことが分かっていきます。

そのため、一概に同じものは制作できないんですね。そういう作業を通じて、今度は洋服生地にどんなものを使用するかのイメージを固めていきます。

できあがったイメージと生地がそろったところで、今度は洋服生地の買い付けです。

これは正直、お金を出せばいくらでもそろえることができます。ただし、作り上げた服が高級になってしまうと、洋服というラフに着られるもの、というコンセプトから外れてしまいます。

なにもブランドものの高い服を作りたいという訳ではありません。あくまで、日常の中で気楽に身にまとうことができるという洋服の特徴を崩したくはないんです。

だから金額はそこそこでイメージ通りの生地を一生懸命探す訳ですが、いまのところ、不思議と想像していた生地に巡り会うことができて。ちょっと運命的なものも感じています(笑)。

━━洋服は、着物と違って“洗う”という行為を繰り返すと思います。着物を使用することで洗うことができないというものもでてきたりするんでしょうか。

安藤さん 洗うという行為を気楽にできるのも洋服の特徴の1つですよね。

だからこそ、そこは一番最初に確かめていて。着物を、洗濯機にかけます。

━━洗濯機に!

安藤さん そこで錦糸がかすれてしまったりするものもあるんですが、意外と、基本的な部分では問題ありません。

むしろ、そういったほつれなんかをどうデザインに組み込むか、というところに注力するべきです。

なにせ、洋服は繰り返し洗うものですから。

ただし、この時点で制作をやめるものも出てきます。これは、主に化繊で作られた着物などです。

━━素材的にデメリットがあるということでしょうか。

安藤さん それもあるんですが、そもそもデザインの発想が湧かないです。

それは色やツヤ、といった部分から、縫い目の細かなタッチ、柄の面白みなど、こまかな部分のクオリティにも起因します。

やはり手書き友禅に込められた制作者の熱意や、その着物を大切に着てきた人の気持ち、そういったものを、洋服にどのように表現するか、そういった部分がないとデザインをしにくいんです。

手書きの蝶柄
━━着物や帯の柄は、やはり物によって大きな違いがあるんでしょうか。

安藤さん 大ありです! 例えば蝶をあしらった帯など、一匹ずつの蝶の羽ばたきが微妙に違ったり、蝶同士の配置の間隔に微妙なニュアンスの違いが出てきます。

そうすると、この帯のどの部分を正面にくるようにするか、といった発想が必要になるんですが、大量生産の化繊着物の場合は、機械的に作ったように蝶の位置が均等であったり、みな同じ羽ばたき方だったりします。

これは、デザインがすごく単調になるんです。洋服生地と組み合わせることで、着物の柄のデザイン性はより鮮明になります。

そのため、化繊や大量生産の着物に関しては、依頼をいただいた人の完成イメージからも大きくかけはなれてしまうことがあるため、制作をお断りするということも出てきます。

━━お話をうかがっていて、着物自体のクオリティがどれほど大切なのかが見えてきました。日本の伝統的な文化という側面は、やはり職人の熱意に支えられているんですね。

安藤さん そうですね。実際に着物生地を触って、洋服に取り入れていくと分かるんですが、これだけ個体差のあるものは、特に現代では珍しいと思います。

縫い方や染め方、羽織と帯の柄の組み合わせ、他にも糸にどのようなものを使用するか、また洗い張りといって、一度着物をほどいて洗濯するという洗濯を行っているかなど、1記事で説明するのが難しいほど多くの違いがあります。

デザイナーとしては、それらの要素を現在の感覚に合わせて再構成していくのが面白い部分ではありますが、実際構成が決まるまでには時間もかかれば労力もかかります。

実制作に入れば2〜3日くらいで作り終えることもできますが、やはりこのデザインの部分だけは少しお時間を頂戴します。

着物を生地にほどいてリメイクすると、元に戻すことはできません。お客様には私自身を信頼してもらうということも必要です。

そのため、実際の制作にいたった場合は、まずは相手の希望を聞くんですが、先述の通りお持ちいただいた着物や帯の柄や色合いによって希望に100%添えない部分も少なからず出てきます。

だからこそ、大量受注をして作るということがない、世界で1つだけの洋服ができあがります。

着物自体、何世代も受け継いできたものであることもあるので、そういった思いを引き継いで、現代の感覚にリメイクして一緒に生きていく、そういう選択を後押ししていきたいですね。

━━貴重なお話を、ありがとうございました!



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