こんにちは、野澤です。
先日、演奏の仕事で新潟に行ってきました。
そこはジャズストリートのイベントを年に2回行っているくらいジャズが盛んな街で、商店街には偉大なジャズピアニスト、デューク・エリントンのグラフィティが書いてあり、この通りを象徴するような存在感を放っていました。
なぜエリントン生誕地でもない新潟でこのようなグラフィティがあるのか、ちゃんと理由があります。
1964年、新潟地震が発生しました。
マグニチュード7強の大変大きな揺れがあり、新潟県内の被害は甚大でした。家屋の倒壊や液状化現象、津波の発生などにより多数の死傷者も。
エリントンはこの地震の直後に各国の都市を回るツアーの一環で来日し、地震被害の大きさを新潟アメリカセンター経由で知ります。
そこで、なんとも迅速な決定でその後の公演の一部をキャンセルして日本に留まり、復興支援金を募るチャリティーライブを開催することとしました。
地震発生から1月も経たないうちに急遽行われたライブにもかかわらず多くの人が集まり、収益金全額を寄付したそうです。
また、このチャリティーライブをきっかけに寄付を募る流れも発生し、全国から多くの支援物資や義援金が現地に届けられたそうです。
その後、新潟地震の被害も落ち着き、復興が始まるころにはデューク・エリントン本人も新潟に訪れ、名誉市民の誉れを受けるなどもしました。
新潟市内のお店には本人のサインが飾ってあるお店もあります。
ツアーの途中で公演をキャンセルし、迅速かつ手早くチャリティーライブを行う算段を外国でつけ、実行する。
もちろんエリントン1人の力ではないでしょうが、そうしてでも人や支援金が集まるはずだから周囲の人間にも実現させようと思わせる力、誰もが持っているものではありません。
なんとも偉大なエリントン。。街に彼の面影があるのもうなづけるものです。
今回はそんなジャズジャイアントの1人、ピアニストでありコンポーザーであるデューク・エリントンという偉大なジャズの父をご紹介していこうと思います。
デューク・エリントン(1899-1974)
エリントンが有名になるまで
ワシントン生まれで両親どちらもピアニストという音楽に恵まれた環境で育ちました。
にも関わらず少年時代のエリントンは野球に熱中していていたそうです。
ジャズ界において偉大なるピアニストとして名高いエリントンの初仕事は、ジャズクラブでの演奏、ではなく、野球場でピーナッツを売る仕事であったほど野球が大好きだったそう。
そしてその後14歳になってプールルームでのピアノの演奏を聴いたときに心を打たれ、ようやく野球から少し離れ本格的にピアノの演奏を始めます。
それからはさまざまなピアニストの演奏を聴きに行き感性を磨いたあと、最初のオリジナル曲を書きました。
タイトルは”Soda Foiuntain Rag”。
ワルツやタンゴなどダンスのような音楽を取り入れた作品ですが、譜面に書き写すことなく演奏していたため毎回弾き方が違ったようです。
ラグタイムにも興味をかなり持ち始め、ファッツ・ウォーラーやジェイムス・プライス・ジョンソンなどラグタイム独特のストライドピアノができるピアニストの影響をかなり受けます。
その後はダンスの伴奏でピアノを弾いたりするバイトをしていました。
この演奏がお客さんからは好評だったようで多くのリピーターがつき他の場所でダンスやパーティーの仕事を受けるようになっていきます。
仕事のために作ったグループが”The Duke’s Serenaders”というバンドでダンスパーティーの演奏を中心にワシントンで活躍しました。
両親に家を買ってあげられるくらいピアノで大成したというからすごいものです。
そしてそこのバンドのレギュラードラマーであり親友のソニー・ギリアーからニューヨークでの仕事を持ちかけられて活動拠点をニューヨークのハーレムへ移しました。
ハーレムでの活動はうまくいき、著名なニューヨークのジャズクラブ、コットンクラブという場所で自身のバンドを率いて演奏できるようになり、当時のジャズのメッカであるニューヨークで力をつけていきます。
この経験が自身の作曲の才能の発露に繋がっていき、50年後(2024年はエリントン没後50年の節目でした)の今のジャズシーンにまで影響を与えることとなります。
エリントンの有名曲
エリントンの作曲した有名曲といえば
- It Don’t Mean A Thing
- Caravan
- In A Sentimental Mood
- Mood Indigo
- C Jam Blues
が挙げられますね。
ジャズファンやプレイヤーであれば、この曲の中のどれかは耳にしたことあるのではないでしょうか。
”It Don’t Mean A Thing”や”Caravan”、”C Jam Blues”はキャッチーだったり勢いがあるナンバーなので一般的に知られている曲ですが”Mood Indigo”や”In A Sentimental Mood”は上品で色気のあるナンバーとして有名ですよね。
個人的には、
- I Got It Bad
- In A Mellow Tone
- Prelude To A Kiss
- Solitude
- Sophisticated Lady
- Come Sunday
が気にいっている曲です。
エリントンのバラードはメロディが素直に動いているのに和音の流れが複雑で繊細な動きをしています。
この曲の持つ雰囲気が聴いている人または演奏者の心に直接響いてくるのでなんとも言えない浄化されるような気持ちにさえなります。
一度聴いてみたり演奏したりすればエリントンの素晴らしさが体感できると思うので改めて聴いてみてはいかがでしょうか。
ユニークな作曲方法
エリントンはビッグバンドの作曲をするときにメンバーの演奏の特徴や人柄を考えながらそれぞれのパート譜を作成していたそうです。
例えばこの人は高音を出すのが得意、苦手とか技術的な面もあるでしょう。
人柄でいうと陽気なプレイヤーには表現の幅を効かせるようなフレーズを曲に足したり、繊細なプレイヤーには情緒的なフレーズを演奏してもらったりなどその人がナチュラルに演奏できるように作曲をしていたそうです。
プレイヤー目線で考えるという作曲者はクラシック界でもまずいないでしょうし、ジャンルを問わず今の時代でもなかなかいないでしょう。
これが功をなしてエリントンがバンドメンバーに色々指示をしなくてもエリントンの思う音楽が体現されていきました。
他のビッグバンドはリーダーのカラーが出るような曲をやっている中、エリントンがこういう手法を取れるのは新潟でのことしかり、エリントンの人柄がよく出ていますね。
プレイスタイル
ラグタイムやストライドピアノがエリントンのベースになるのでプレイはとても建設的でシンプルなフレーズを使うことが多いです。
リズムセクションとのコールアンドレスポンスを大事にするようなフレーズも弾いたりメロディックに弾いたりゴージャスなハーモニーを使ったりします。
ガツガツ弾いたり無理をすることなく、自身の音楽にすることのできるプレイを淡々とするのですが、これがとても暖かいサウンドでナチュラルです。
モチーフの展開の仕方にもかなり気をつかい、弾いたフレーズをリズミックに繰り返したり少し変化させてアドリブをとることが多く、その効果として万人が聴いてわかりやすいソロにもなっています。
またリズムセクションも反応しやすいのでバンドとしての一体感が強いです。
エリントンの曲をよく耳にしている人であればエリントンのソロを聴くだけで彼のエッセンスをたくさん感じられると思います。
オススメのアルバム
・「Money Jungle」(1963年)
メンバーはデューク・エリントン(Piano)チャールス・ミンガス(Bass)マックス・ローチ(Drums)のピアノトリオです。
曲はエリントンのオリジナル曲を中心にアルバム構成されています。
エリントンのことなのでメンバーを思って書いた曲がいくつかありますが大事なメロディだけ書いておいて細かく譜面にはしなかったそうです。
レコーディング時にイメージややりたいことだけをメンバーに伝えて録ったので自由度が高い演奏になっています。
特にミンガスのプレイはかなり自由なので複雑に聴こえることもありますがマックスローチのシンプルで明るいドラムとエリントンのリーダーシップある演奏でバランスが取れています。
エリントンのピアノは同時代に活躍したピアニスト、バド・パウエルのような引っ張って突き進むタイプではなくメンバーの考えていることやプレイを見ながら展開していくフレーズが印象的です。
エリントンのことを敬愛するミンガスがどういうプレイをするのかも聴きどころですし、マックスローチがバンドサウンドをどうまとめているかも耳を澄まして聴きたいアルバムですね。
・「Duke Ellington & John Coltrane」(1963年)
エリントンとジョン・コルトレーンとの共作したアルバムになります。
メンバーはエリントンのバンドメンバーのアーロン・ベル(Bass)サム・ウッドヤード(Drums)とコルトレーンのバンドメンバーのジミー・ギャリソン(Bass)エルビン・ジョーンズ(Drums)です。
曲によってメンバーが変わるので演奏形態はカルテットになります。
コルトレーンもエリントンのことを敬愛していたそう、でこのアルバムを作れたことに誇りを持っていたとか。
そしてコルトレーンは「私はエリントンの演奏についていけずほとんど実力が及ばなかった。次のときに対等に演奏できるかわからないがまた一緒に演奏したい。」と語ったそうです。
コルトレーンがこのようなことを言っていることはほとんど目にしたことはありません。
ここまで言うというのはよほどの素晴らしさがエリントンにはあったのでしょう。このアルバムでどんな演奏が展開されるのかぜひ聴いてみてください。
・「The Grant Reunion」(1961年)
こちらは残念ながら現在ではあまり販売されることはない珍しい1枚です。
エリントンオーケストラにトランペットでありボーカリストのルイ・アームストロングが参加したアルバムになります。
演奏形態はビッグバンドという大状態ではなく、もう少し人数を減らしてピアノトリオにトロンボーン、クラリネット、トランペットそしてルイ・アームストロングの歌とトランペットの編成です。
バンドサウンドが明るくて柔らかいというのがアルバムをトータルで聴いたときの印象です。
ルイ・アームストロングの暖かい歌声が活きるような編曲に仕上がっていて”Just Squeeze Me”や”Don’t Get Around Anymore”は聴いていて心穏やかな気分になります。
エリントンは演奏で多くを語るのではなくルイ・アームストロングが引き立つような演奏でサポートしています。
少ない音数ですがフレーズやハーモニーでエリントンらしさを出してくるので存在感は十分です。
ここまで自分を全面に出さないでプレイヤーや音楽だけを考えて献身的にプレイできるのはエリントンならではのプレイスタイルです。
個人的にデューク・エリントンといえばビッグバンドで有名で、ユニークな作曲をするプレイヤーだという認識でいたのですが、調べれば調べるほど温かい人柄と音楽を愛する姿勢に心を打たれました。
たまたまツアーで訪れた国で発生した地震のために行動するというのは、多くの方がなにもできずにその国を後にするでしょう。
この行動にエリントンの人柄が表れています。
決して演奏の中で多くを語るプレイヤーではありませんが、出す音全てがエリントンらしさ、そしてジャズそのものを体現しています。
ジャズの系譜を語る上でもとても重要な人物なので改めてエリントンの音楽に触れてみてはいかがでしょうか。