アーマッド・ジャマル「At The Pershing: But Not For Me」
パーソネル
- Ahmad Jamal(Piano)
- Israel Crosby(Bass)
- Vernel Fournier(Drums)
アルバムトラック
- But Not For Me
- Surrey With The Fringe On Top
- Moonlight In Vermont
- Music, Music, Music
- No Greater Love
- Poinciana
- Wood’yn You
- What’s New
ピアニストのアーマッド・ジャマルが1958年にレコーディングしたライヴアルバムです。ジャマルのヒットに繋がった作品になるので今回はこれを取り上げてみようと思います。
ミニマルで表現するピアニスト
アーマッド・ジャマルは、ジャズ界では名を知らない人はいないほどのミュージシャンではありますが、彼を知らない方に向けてどういうピアニストか少しだけ説明させてください。
1930年生まれで今も健在なジャズピアニスト。
ストライドピアノの帝王アート・テイタムに「こいつはすごくなるぞ!」と才能を見出され、その後ジャズという音楽に多大な影響を与えたマイルス・ディビスも絶賛するほどのミュージシャンへと成長します。
いったいアーマッド・ジャマルのなにがここまですごいと言わせるのか。
それは余計なことはせず最小限のフレーズで音楽を聴かせるミニマルなプレイスタイルに起因します。
それまでのジャズは音数を多くしたフレーズを展開していくことが多く、そこまで間が空くことのない演奏が流行していました。
しかしアーマッド・ジャマルのスタイルはフレーズをかなり限定し、間を聴かせながら音楽を展開していくものだったのです。
最近(2022年当時)流行する音楽は曲の中に入っている音数や情報量が多いので、現代人である私たちにとってアーマッド・ジャマルのスタイルは最初抵抗があるかもしれません。
それでもアルバムを聴いていくとジャマルの作り出すこの“間”がくせになってきます。
音はないはずなのに、ピアノがなっていないところに深く音楽を感じますし、メロディーがないことでリズムセクションのグルーヴがより鮮明になっていきます。
そしてジャマルは間の使い方だけではなくピアノサウンドもかなりゴージャスです。さまざまなピアニストがいますがこれだけきらびやかで低音も高音もきれいに出せるのはジャマルの右に出る者はいないでしょう。
そのため音を出しているところと間を聴かせるところの対比が本当に絶妙で、音が鳴った後の間を聴いているときは同時にジャマルが弾いた残響音が耳に残ります。
この脳内で聞こえる残響音と実際にプレイし続けるベースとドラムの音が重なり不思議な体験ができるというのが彼のすばらしいところです。
他にも間を使う代表的なピアニストといえばセロニアス・モンクというミュージシャンがいます。ジャマルはやはりこのモンクから相当影響を受けているようですが、モンクとはまたちがう特色があります。
また、ゴージャスな音色はエロール・ガーナーやビリー・ストレイホーンから影響を受けているようです。
普段、ジャズは展開が早く自分には次のフレーズを聴きたがるクセがあるのですが、ジャマルの音楽はその時々に鳴っている空間全体の音をたっぷり味わいうことができるので、いつもとはちがった聴き方をすることになるでしょう。
マイルスもこのジャマルのスタイルに感化され、自身のプレイスタイルに“間”を取り入れています。クールジャズ以降表れるマイルスの特徴的な間は、まさにアーマッド・ジャマルの影響です。
ミニマルの中にも役割がある
無駄なことはしないで間を聴かせるアーマッド・ジャマルですが、“ある”ことには相当シビアです。
それは曲中に出てくるパターンです。
ジャマルがこうしたらベースとドラムはこうする、みたいな役割がなんとなく決められています。
ジャマルが急にパターンのアイデアを出すと他の2人がすぐにキャッチして一気にサウンドがまとまることがよくありますが、まとまるきっかけは繰り返されるピアノのフレーズです。
1回目のフレーズがもう一度繰り返されるとそのフレーズにリンクするようにドラムが反応していきます。
そのフレーズがすぐに繰り返されるときもあれば、4小節単位で繰り返されるときもあるのでタイミングはとてもイレギュラーです。
それまではコンピングもせずに淡々と刻んでいるドラムですが、この瞬間だけピアノのフレーズに吸い付いていくように変化するのでハッとさせられます。
ベースもピアノのフレーズに沿うようにベースラインのパターンを変化させているので、まるで譜面に書いてあるかのようなバンドの一体感が出ています。
今回取り上げたアルバム2曲目の”Surrey With The Fringe On Top”は速い曲ながらもそのバンドの一体感を前面に出しています。
テーマなのかソロなのか境目が分からないくらい3人が一体となって最初から最後まで進むのでこれは聴いていて爽快です。
ジャズの基本であるコールアンドレスポンスもすごく大事にしていますが、これもピアノのフレーズにベースが反応するのかドラムが反応するのかシチュエーションによって変わるようです。
通常、ピアノが何かを弾いた後はドラムがそれにコンピングするというのが王道ですが、このトリオの場合ピアノが何か弾いた後はベースが反応することが多いみたいで、”Moonlight In Vermont”や”What’s New”などの遅いテンポではドラムはほとんどコンピングすることなくベースがサラッとピアノのフレーズに反応しています。
“Music, Music, Music”のアップテンポではベースが4分音符を弾く役割があるのでピアノのフレーズの合間にドラムがコンピングします。
とは言ってもかなり一瞬しか出てこないのでこのポイントに注目しながら聴いても面白いかもしれません。
ヒットにつながった名曲
このアルバムに収録されている”Poinsiana”はアーマッドジャマルの代表曲です。
このドラムのリズムパターンはジャズのルーツとなっているセカンドラインからきています。(セカンドラインはこの記事で少し扱っています)
その軽快でソフトなリズムパターンに穏やかなメロディラインがのっかていくのですが、この曲でもパターンのバリエーションがいくつかあります。
このパターンもソフトなものからソリッドなものまで幅広く毎コーラスバリエーションを変えながら音楽が展開されていくので聴いていて飽きません。
曲の中で色々やっていても全体的に統一感があるのでジャマルのコンセプトであるシンプルかつミニマルというのはずっと根底にあるのでこれも面白いところです。
この曲のヒットのおかげで当時のCDの売り上げベスト10に108週間もランクインし続けました。歴史的にも快挙ですし、ジャズ史に残る名曲です。
現在のピアニスト、アーロン・ゴールドバーグもこのジャマルをリスペクトしながらアレンジした”Poinciana”をレコーディングしています。
聴けば聴くほど恐ろしく緻密な音楽
阿吽の呼吸というかイスラエルもバーネルも当たり前のようにジャマルのやりたいことに反応していくので、あまりの違和感のなさに凄さを感じにくいですが、急に出てくるパターンに即座に反応したり自分のターンだと思ったらすかさず簡潔に主張したり、ということを迷いなくプレイしています。
無駄を作りたくないアーマッド・ジャマルのプレイスタイルに合わせるのならば、余計なことはできません。演奏中の自由度はかなり制限されるでしょう。
しかしその限られた自由の中でしっかりと個性や、自分たちのやりたいことを表現できるこの2人は本当に名手ですね。つくづく実感させられました。
このアルバムはパッと聴いた感じはリラックスして聞こえ、アーマッドジャマルのピアノサウンドを味わえるとても最高な1枚です。
ですが聴けば聴くほどこの完成度にびっくりしますし、緻密に計算されて恐ろしいほど無駄がないことを実感させられるトリオです。
最初は物足りなく感じるかもしれませんがこのコンセプトにハマると今までにない音楽の体験ができるかもしれません。
ぜひ、試してみてくださいね。