「ジャズは伝統芸能ではなくて時代によって進化する音楽だ」
これはブルーノートの歴史をたどる映画“Blue Note Records Beyond the Notes”内での一節です。
私はその映画を見て大きくうなずいたのですが、日本にいると「モダンジャズまでがジャズでしょう」という方が結構いるようで、そういう方(通称ジャズポリス)に絡まれるともったいない楽しみかたをしてるなと思ってしまいます。
できるだけ柔軟にジャズを捉えられるほうが本来のジャズを楽しめます。
今回は、ジャズといえばオールドな音楽と思っている方向けに、幅広くジャズが楽しめるようジャズがどのような進化を遂げてきたのか、ジャズの進化のきっかけになったアルバムをいくつかピックアップしてご紹介したいと思います。
はじめに知っておきたいこと
まずはジャズがどのように変わっていくのかを知るために、原点となるものをざっくり紹介したいと思います。
ジャズは1900年代はじめニューオリンズから始まったと言われています(諸説あります)。
西アフリカのリズムが発展してセカンドラインと呼ばれるリズムが生まれました。そのリズムを使って西洋の音楽と混ざっていきます。
1:00のところからセカンドラインの曲を演奏しています。その後にドラムがチラッと映るんですがそれがセカンドラインのリズムです。
そして偉大なトランペッターでシンガーのルイアームストロングの映像です。彼のスタイルはニューオーリンズジャズを代表するもの。
このスタイルでは、バンドメンバーが同時にソロをとったり歌の合間にソロをとったりする感じですね。
エンターテイメント性の高い音楽という特徴があります。
こういったスタイルの後に、ビッグバンドという大人数で演奏する楽団が多く出てきました。
著名なところでは、グレンミラー楽団、デュークエリントン楽団、バディリッチ楽団など、ほかにも数多くのビッグバンドが活躍した時期です。
音楽を鑑賞するという聴き方も、もちろん主流でしたが、ビッグバンドをバックに踊るという大衆的な音楽としてジャズは栄えました。
この時代はリスナー目線から、明るくてわかりやすく、ノリやすくてダンスしやすい、ということがいいジャズのポイントでした。
この後、だんだんとプレイヤー自身が自分の音楽に向き合うようになり、個々のオリジナリティや音楽の可能性を追求していきます。これが、冒頭でお話ししたモダンジャズの黎明期です。
ジャズのスタイルが進化していく
チャーリー・パーカー「The Charlie Parker Story」(1945年)
ルーツはセカンドライン、スイングジャズでリズムの根本は変わっていませんが、大人数での演奏から少人数でジャズを演奏するコンボという編成が主流になっていくのがこの時期。
そして大きく変化したのは、まず曲調。
口ずさみやすかったシンプルなものがだんだん難しさを追求するものになっていきます。
そしてアドリブソロについても、それまでと違い多くの音をいかに1小節の間に入れられるかが勝負のような世界になっていきました。
下記の動画はチャーリー・パーカーと並んで演奏していたトラペッターのディジー・ガレスピーの“Bebop”という曲です。
この時に流行ったこのようなスタイルがビバップと呼ばれるようになるのですが、そのビバップを代表とする1枚がこのチャーリー・パーカーの「The Charlie Parker Story」です。
メロディのリズムもトリッキーになって演奏者もまどわされるほど。
ビバップではリスナーが踊ることが難しく、ジャズが鑑賞する音楽へと変化していくきっかけとなりました。
プレイヤー寄りの音楽に変化したとも言えるでしょう。
“Billie’s Bounce”のオリジナルテイクのパーカーのソロの入りは、ジャズを知っている人の中では有名なワンフレーズです。
アート・ブレイキー「Hard Bop」(1956年)
ビバップが一回りした後にハードバップというスタイルが生まれました。
実際ハードバップとビバップがどう違うのかは、ぱっと聴いただけじゃ見分けられず、人によってはこれはビバップだという人もいれば、ハードバップであると話す人もいるかもしれません。
まあ全てをカテゴライズするのはナンセンスですが、ハードバップとは、ビバップにもっと黒人のファンキーな部分や熱量が足されたイメージです。
曲の雰囲気も軽やかなものよりも、重たい雰囲気のものが多い気がします。
アート・ブレイキー「A Night In Tunisia」(1957年)
同じくアートブレイキーのアルバムです。彼はこのアルバムでラテンのリズムにおいてドラマーに大きな影響を及ぼしました。
ジャズはスイングだけではなく、ラテンのリズムで演奏するときもあります。
ただドラマーがラテンを叩くときのパターンは実はドラマーによって違いました。
そこでラテンやアフリカの音楽を吸収したアートブレイキーが「ドラムでラテンはこう演奏できるんだぜ」とアンサーを出してくれたアルバムがこちらです。
ラテンの音楽をジャズに取り入れるものには“Caravan”や“A Night In Tunisia”という曲がありますね。
オリジナルはトランペッターのディジー・ガレスピーがやっていますが、それでもやはりリズムを大きく変えるのはドラマーの役割です。
ラテンをジャズに取り入れて昇華させた立役者といえるでしょう。その中でもアート・ブレイキーの演奏する“A Night In Tunisia”は時代を創った代表曲です。
マイルス・デイビス「Birth Of the Cool」(1957年)
マイルスは何度もジャズを進化させたパイオニアです。いくつものスタイルを発表しましたが、まずはこのアルバム。
みんながビバップを基調とする音楽で音数を多く演奏している時期に、彼は全く逆に音数を少なくしてジャズを演奏しようとしました。
それまでは熱いのがジャズ! でしたがクールで淡々としているのもシティ派でカッコいいよねというクールジャズが出てきます。
それがこちらのアルバム。
基本はコンボの編成ですがアレンジも緻密に作られてサウンドもよりオシャレになりました。
リー・モーガン「Side Winder」(1964年)
ここでようやくジャズに8ビートの存在が出てきました。
ラテンとも言えないボサノバとも言えない違うリズムが出てきて、当時は斬新で大ブレイクしたようです。
この頃はリズムがまだイーブンというよりスイング気味ですが、ベースラインのパターンがロックのように決まっていたり、ドラムのパターンもシンプルになっています。
わかりやすさがウケたのかイーブンな感じがウケたのかはわからないのですが、このスイングでないイーブンエイトが後の時代に流行るようになっていきます。
コードを追求していく
マイルス・デイビス「Kind Of Blue」(1959年)
マイルスはこのアルバムを発表した時期にモードという演奏手法を取り入れました。その代表曲が“So What”です。
今までは曲の中で2拍や1小節でコードが変化していき、そのコードのハーモニー(和音)を頼りにアドリブをとっていました。
モードは8小節や16小節の間、同じコードが続いていてスケールに基づいてソロを演奏します。
そのため、最初に和音が変わらないこの曲を渡されたミュージシャンは、どのようにアドリブをとっていいのかわからなかったようです。
しかしマイルスの教えがあって周囲のミュージシャンも理解していき、モード奏法をとれるようになりました。
これで今までになかった音楽の雰囲気を作れるようにもなり、表現の可能性を広げるものにもなったのです。
同時にこのアルバム以降はモダンジャズと呼ばれるものが増えます。So What以外にも“Blue In Green”や“All Blues”などは有名曲です。
モダンジャズはハーモニーの感じが複雑化して20世紀のクラシックの影響を受けています。そのハーモニーをうまく使ったのがこのアルバムで弾いているビル・エバンスでした。
エヴァンスをここからたどって聴いていくと、モダンジャズと言われているものが見えてきそうですね。
オーネット・コールマン「The Shape of Jazz to Come」(1959年)
いわゆるフリージャズの可能性を伸ばしたアルバムです。
フリージャズと言うとでたらめに演奏しているという誤解を受けがちですが、オーネット・コールマンがそもそもフリーを始めた理由はこうでした。
「今までの音楽はコード進行があってみんなコードに縛られている。だからコードを進行をなくしてしまえばもっと自由になれる」
このような考えが芽生え、それまでの自身のスタイルを変えていきます。
もっと感じるままに周りのアンサンブルをよく聴き、演奏するフレーズを自由に変化させる。
だからこそ、どこにでもいけるというのが本来のフリーです。
それが2曲目の“Eventually”によく出ていると思います。
聴く方もじっくり聴かないといけないのでエネルギーを使いますが、抽象的な音楽の表現の幅が広がった1枚です。
ぜひ気を入れて聞いてみて下さいね。
ジョン・コルトレーン「Giant Steps」(1960年)
ジャズを演奏している人には永遠の課題曲になっているだろうこのアルバムの表題曲“Giant Steps”。
何が今までとちがっていたかというと、2拍でコードチェンジしていきつつ、同時に転調もしていく3トニックシステムというコードチェンジ手法を取り入れたことです。この演奏方法はコルトレーンチェンジとも呼ばれています。
詳しい話は長くなるので割愛しますが、演奏するほうは瞬間に転調していくので、掴む前にどんどん違う場面になっていく、という感覚です。
私はドラマーなのでコルトレーンチェンジ自体は特に関係はしてこないのですが、横から見ていると演奏中のバンドメンバーはとてもしんどそうです…。
現にこのアルバムでピアノを弾いているトミー・フラナガンは、収録時に全く弾けずに悔しい思いをしたようです。なのでこの後からは自身のレパートリーに“Giant Steps”を加えてバリバリ弾けるまで練習しています。
聴いている人には不思議なハーモニーに聴こえるだけかもしれませんが、プレイヤー側からすると超ハードモードな選択肢が増えるおもしろい演奏です。
マイルス・デイビス「E.S.P」(1965年)
マイルスの第2黄金期バンドと呼ばれるメンバーたちは、ジャズを大きく進化させたことに間違いありません。
革新的なアルバムばかりですが、特にこのアルバムでは多くの人に影響を与えたようです。
“Eighty-One”という曲がイーブンエイトで演奏されていますが、サイドワインダーのときとは違ってロックのようなスネアのバックビートがあります。
ドラマーのビリー・ハートはこの曲を聴いてこれに衝撃を受けたようです。
他にも“Agitation”や“E.S.P”はライヴでもよく演奏されました。そのときのピアノのハービー・ハンコックのコードワークやドラマーのトニー・ウィリアムスのプレイスタイルも、これ以降のプレイヤーに大きく影響を与えるようになっていきます。
ひとまず今回はここまでです。ジャズを始めたばかりの人や最初に何を聴いていいのかわからないという人は、まず上にあげたアルバムを順を追って聴くといいかもしれません。
時代によってどのようにジャズが変化したのかわかりやすくなるはずです。
今は、ビートも演奏技法も、なんでも揃っているように見える時代ですが、これではジャズの歴史において起きた革命的なことがわかりません。
ルーツからたどって変化を感じると、何が革新的なものなのかが見えてきやすいですね。
それでは次回はこの年代以降のターニングポイントになっただろうアルバムを紹介していきます。