ジャズは他ジャンルよりもおおまかな楽譜を使用する
ジャズという音楽は、数ある音楽ジャンルの中でも比較的いい加減な楽譜にもとづいて演奏が行われます。
もちろんジャズの全ての曲がそうだというわけではありません。
ものによっては細かくメロディが書き込まれており、楽譜が苦手な私はヒイヒイいわされることもあります(それはそれでどうなんだという話ですが…)。
しかし、特にジャムセッションでよく演奏されるような、いわゆるスタンダード曲の楽譜は大まかなメロディ(テーマと呼ばれることが多い)とコード進行が書いてあるだけのことが多く、演奏者はその通りに演奏する
どころか、いかにしてテーマを自分なりにアレンジするかというところが腕の見せ所だったりするわけです(アレンジのことはフェイクとも呼びます)。
そもそもジャズという音楽ではアドリブが多く演奏されるわけですから、この部分に関して言えばコード進行だけが頼りになるわけですし、そのコード進行ですら状況に応じて変えて演奏することがあります。
ジャズの楽譜は、譜面通りに演奏しなくてもいい
私は「楽譜」を「台本」という言葉に書き換えると理解しやすいと考えています。
音楽には必ず何らかのストーリーがあり、そのストーリーを記したものが台本=楽譜なのです。
例えば吹奏楽などでは、楽譜に書いてあることを基本とし、そこからさらに指揮者による指示や演奏者自身によって表現に微調整を加えていくことで、そのバンド独自のストーリーが生まれるわけです。
この状態は決められた台本をもとに演技をする、映画やドラマのような感じを思い浮かべていただければ分かりやすいですね。
一方で、ジャズという音楽においては、これから話すことの題材(=テーマ)と、大まかな流れ(=コード進行)しか決まっておらず、演者同士がそれに沿ってやり取りをしながら自由に話していく状態に似ています。
そのため、大筋の流れだけが決められた台本で演じる即興劇のようにとらえることもできます。
そう考えた場合、そもそもジャズにおいては、楽譜に書いてある情報そのものが他ジャンルの音楽に比べて圧倒的に少なく、慣れてしまえば楽譜を覚えるのは簡単です。
実際の演奏現場では、よく覚えていない曲でもさっと譜面を見ればすぐに演奏ができるというようなことも少なくありません。
テーマとコード進行というキーワードが出ましたが、ここではこの2つに関して別々に考察してみましょう。
ジャズのテーマは楽譜通りに演奏するとつまらない
これは往々にして楽譜通りきっちり演奏してしまっては逆につまらくなるということも起こりがちです。
例えばFly Me To The MoonやOver The Rainbowなどの、歌ものと呼ばれるような曲の場合。
(歌ものとは、原曲はミュージカルや映画などでボーカルが歌うことを想定して作られた曲のことです)
これらの曲は、比較的長めの音符でシンプルなメロディのものが多いという特徴を持っています。
ジャムセッションでよく演奏されるジャズスタンダード曲の多くが歌ものと言っても過言ではありません。
このような曲は楽譜を見ればわかるとおり、2分音符や4分音符などが多く書かれていますが、これをそのまま演奏してしまっては表情に乏しい演奏になってしまいます。
そもそも、歌ものの曲の音源をいろいろ聞いてみても楽譜通りきっちりテーマを演奏しているものはほとんどないでしょう。
そのため、曲に慣れていない場合を除き、このような曲を楽譜をしっかり見つめながら演奏することに意味はありません。
むしろ大まかなメロディを把握した後は、自分なりにのびのびと演奏した方が良い結果となることが多いかと思います。
とは言っても、自分なりにのびのびとという部分が難しいですよね。
そんなときは、その曲のさまざまなプレーヤーのアレンジVer.を聴いてみましょう。
各有名ミュージシャンのテーマの崩し方を聴くことは、自分なりの歌い方を見つける手助けとなるはずです。
テーマが細かい音符でびっしりという場合
Be Bopとも呼ばれ、Charile Parkerらによって書かれた曲などは8分音符や16分音符が多く用いられます。これらの曲は歌ものとは逆に譜面どおりきっちり演奏すればいいのかというと、実は、必ずしもそうではありません。
なぜかというとそもそも楽譜によって同じ曲でも微妙に異なるメロディが書いてあったりするからです。
その理由は主にメロディ以外の装飾音まで含めて採譜してあるから、というケースが多いからです。特に古い楽譜には多く見られるような気がします。
まあ最近ジャズの演奏を始めた方やこれから始めようという方は、わざわざ古い曲集を使われることも少ないでしょうから、あまり心配しなくてもいいかもしれません。
しかし古い曲集でなくとも、恐らく執筆者の親切心からか丁寧に細かい装飾音まで書き込まれている楽譜もまれにあるようなので、頭の片隅に置いておくといいかも知れません。
以前「この曲難しくて苦労してるんですよ」と言われて見せられた楽譜には、16分音符までの装飾音がたくさん書き込まれていて、これをそのまま吹くのは確かに…と感じたことがあります。
いずれの場合にしろ、特に初心者がジャズスタンダードを演奏する場合、意識して装飾音やニュアンスまで学ぼうとする場合を除いて、とりあえずテーマの大まかな流れを演奏することが重要です。そのためには、さきほどの場合と同じようにさまざまな演奏を聴くことが最も重要です。
ジャズの基本は“聴きこむ”ことなんです。
コード進行はできるだけ覚えておいたほうがいい
アドリブをする時の道しるべとなるものが、楽譜に書いてあるコード進行です。
コードの知識があまりない方にとっては、Dm7とかCM7とかGm7b5など、ぱっと見た感じ難しそうな気もします。演奏者の楽器の習熟度にもよりますが、アドリブすることに少し慣れてくるまでは楽譜を見ながら演奏した方が無難でしょう。
しかし、私はある程度のレベル以上に達した生徒さんに対して「なるべく楽譜を覚えてアドリブしてみましょう」と言うことがあります。
その最大の理由は、楽譜を見て目から入ってくる情報ではなく、耳から入ってくる情報をより敏感に感じとって演奏に反映させるべきだからです。
一般的にアドリブを演奏するというと、楽譜に書いてあるコード進行に従ってアドリブをしていけば良いのだと思われがちですが、演奏者がアドリブ中に行うことはそれだけではありません。そもそも、それだけではジャズの素晴らしさの半分も感じることができません。
共演者の音を聴き、必要な場合はそれに何らかの反応をするということが大切なんです。すなわち“インタープレイ”です。
ここではインタープレイに関しての具体的な話は割愛しますが、楽器をコントロールして音を出しながら共演者の音も聴き取り、なおかつそれに反応するかしないか、もし反応する場合にはどのように反応するかということを頭で考えるのは、とても大変なことです。
しかも、考えている間にも曲は進行していき、次々と考えなければいけない要素が出てきてしまいます。
この作業を高速にスムーズに行うためには、一つ一つのことを頭で考えるというよりは「感じる」のに近い感覚で演奏していくのが理想なのですが、そのときに大きな障害となるのが目で楽譜を追うという行動なのです。
細かく言うと目で楽譜を追い、それを読み取って頭の中で理解し、演奏するというプロセスのこと。
これは楽譜を覚えてしまえば丸ごと削減できるものです。そしてそこで発生する頭の余裕を、周りの音を聴くとか雰囲気を感じ取るということに使うべきなのです。
ジャズ以外の音楽でも暗譜は重要視されることが多いかと思います。それは楽譜に書いてある物語を音楽的にいきいきと表現するためです。
しかし多くの音楽では楽譜に大量の情報が書き込まれており、それを1日のステージ分全て覚えて演奏に望むというのは容易なことではありません。
他方、冒頭で述べたように、ジャズという音楽では幸いにして、さほど多くの情報が楽譜に書き込まれているわけではありません。
ある程度ジャズの演奏に慣れてからで構いません。少しだけ勇気を出して楽譜から目を離してみてはいかがでしょうか。
それが、あなたらしい演奏の第一歩となるでしょう。