ミュージシャンに聞く ジャズってどうなると思う?

まずは考えてみましょう

今週のお題。

ジャズはどう変わっていくか。

昔からさまざまな人によって語り尽くされてきた題材です。

将来ジャズがどんな風に変化していくかなんて僕には分かりませんし、一介の音楽家がそれを予想したとしてもあまり意味のあるものにはならないでしょう。

ただ、それを考える上でのいくつかのベクトルに関して考えることは、単に将来のジャズ像を推測するだけでなく、これから新たに音楽を創っていく上でなんらかのヒントになるのではないかと思います。

頭の体操だと思って考えてみましょう。

すごくそもそもの話

ジャズと言ったって現在世間で名前の一部にでも「ジャズ」と付くものの多くは、僕のような音楽家が普通のジャズと思っているものとはかけ離れていることが多いような気がします。

逆にそのような、僕が普通のジャズだと思っている音楽が場合によっては「ストレートアヘッドなジャズ」とわざわざ区別されることもあるのには違和感を感じざるを得ません。

ここでの連載をはじめ昨年からAOI JAZZ発起人の のじ君と仕事をする機会がありますが、彼が最近のジャズと呼ぶものだって多くはぱっと聴いた感じ、それって普通にクラブミュージックてやつじゃね? 

ということも多く、世間で使われるジャズという言葉のぶれの大きさを改めて実感させられました。

もちろんストレートアヘッドだから良くて、そうじゃないのはダメとかそういう話ではありません。

重要なのは音楽の形ではなく、それが美しいかそうでないかです。

ジャズ、クラシック、クラブミュージック、演歌などさまざまなジャンルの音楽の中で、良いものは良い、そうでないものはそうでない。 こんなこと言うとそれで話がおしまいだし、そもそもここで“美しい”の定義を言葉で言い表せるほどの語彙力もないのでこれ以上の言及はできません。

ただ言えることは、それを感じ取るための感覚を常日頃から磨き養っていくことは音楽を楽しむのにとても役立ちます。

これは音楽に限ったことではなく、あなたの周りを取り囲むいろんなことを観察する力をつけるという意味で、人生を豊かにしていくために必須なものであると僕は信じています。

一方やたらと音楽やそのジャンル分けとかに詳しい「だけ」の人も多く見られますが、そういうのは金を儲けようとしているか、ただ単に物事を自分で判断することのできない可哀想な人であることが多いような気がします。

僕自身、ある時期を境にそれを感じ取れるようになったような気がしているだけですが、それが正しいものかどうかは分かりません。答え合せはこれから先の人生を使ってじっくりと行っていくことになるでしょう。  

現代では、もはやジャズという言葉1つとっても幅が非常に広く、そもそもジャンルなどというものに大した意味はありません。 本来は音楽の質そのものが重要であるはずです。 それを前提とした上で色々と考えてみます。

ベクトル1:取っ付きやすさ

圧政などがあれば別ですが、音楽に限らず物事は時代を経れば基本的には多様化していくものです。

音楽を聴く方としてはいろんなものが選べるようになるし、創る方にしても同様です。

その反面取っ付きにくいものは避けられる傾向にあります。

音楽の選択肢が少なければ一見つまらなそうなものでも、仕方なく聴いてみようと思うでしょうが、選択の幅が広ければ一見つまらなそうに見えるものが、本来奥深くて面白い世界を持つものに手を出す人の割合は減っていきます。

ジャズが全盛期を迎えていた時代、世の中には今と同じだけの娯楽が存在していたでしょうか?

あくまで傾向の話ですが、時代が下るにつれてたくさんの選択肢が現れ、取っ掛かりづらいものは敬遠され、衰退していく傾向にあります。

ベクトル2:経済

多くの芸術が人間によって生み出され、その人間がお金を使って衣食住を満たす以上、芸術とお金を切り離して考えることは困難でしょう。

ましてや上に書いた通り多くの人は取っ付きやすいものに惹かれる傾向があります。惹かれる人の割合が多いところにはお金が入り、そうでないところには…ということです。

日本でジャズバーの経営で儲かってる人ってほぼいないんじゃない? と、とあるジャズバーのマスターが仰っていましたが、まさにその通り。

芸術で金儲けなんて言語道断? ありがとうございます。是非とも現代のパノニカ夫人になってください。

また世の中全体の経済の動向にも左右されるでしょう。

景気が良くなれば質はともかくとして音楽の作り手、聴き手どちらも増えていくでしょうし、悪くなれば減っていくでしょう。 そもそも音楽というものは経済動向に特に左右されやすいものです。

生活に余裕がなくなってきたら、誰だって食べ物やトイレットペーパーより、ライブやジャムセッションへ行く回数の方から節約しますよね?  

「景気のいいときってしょうもない音楽が流行るんだけど、不景気の時って良い音楽が残るんだよね。」と、とある経済評論家の方が言っていましたが、確かにその通りかもしれません。

ある時期に雨後の筍のように出てきて、その後に淘汰されていくという動きが音楽の進歩を促すのでしょう。

常に純粋に質というもので競争が行われるわけではありませんが、それでも基本的には競争の原理ですね。  

消費税増税したらうちの音楽教室どうなるかなぁ…。

ベクトル3:技術の進歩

もう25年くらい前でしょうか、NHKで「音楽ファンタジー・ゆめ」という番組が放映されていたのをご存知でしょうか。 

改めて今見返してみると本当にショボい映像ではありますが(失礼)、音楽にはドラマや小説などのようにストーリーがあるんだよということを子供向けに非常に分かりやすく表現したものとして大変有意義な番組だったと思います。

ただ映像センスが独特すぎてついていけないものも少なくなかったのが玉に瑕でしょうか(笑)。

現在は映像技術の発展により、一昔前よりもより柔軟に音楽と映像が融合するようになってきました。日本ではチームラボなどがよく知られた例でしょう。

まだ一般人が気軽に手を出せるレベルではないかもしれませんが、もしも将来そこかしこのお店で映像とインプロビゼーションを組み合わせたパフォーマンスが可能になったとしたら面白いと思いませんか?

映像を用いなかったとしてもDTMやその一部であるボーカロイドの可能性はまだまだ未開拓と言えるでしょう。

それは単に今まで生の楽器ではできなかった、もしくは演奏困難だったことが容易に演奏可能になったからではありません。

これまで音楽を創り、演奏するためにはある程度の楽器の演奏技術と音楽に関する知識が必要でした。しかしDTMの分野では楽器や音楽に関することよりもコンピュータに関する知識が重視されるようです。

極端な話、DTMであれば何の楽器も演奏できなくても音楽の知識がなくとも作曲と演奏が可能になるのです。

これは今まで音楽という分野に参入してきた人間のカテゴリを、がらりと変える可能性を秘めており、音楽そのものが大きく変わっていく可能性を秘めた分野です。

ですからDTMを全面的に押し出した音楽が流行るとかそういうことではなく、今後の音楽にこれまでとは全くカテゴリの異なる人間が影響を及ぼし始めてきているという意味で注目しています。

このように技術の発展は音楽に多大な影響を与え、特にインプロビゼーションという非常に変化しやすい演奏を用いるジャズはこれに大きく影響を受けるのではないでしょうか。

ここまで3つのベクトルを書いてみましたが、当然のことながら実際の世の中ではそれぞれのベクトルが単体で作用するわけではなく、相互に影響し合って複雑な力関係を構築しています。

それに僕が思いつかないだけで、他にも多くのベクトルが存在するでしょうし、なかなかここだけで語れるものでもないと思います。

ただ日常的にジャズを聴くとき、あなたなりのベクトルを持ってあれこれと考えてみることは意外な発見に繋がることもあるかもしれませんし、もしあなたが何かを産み出そうと考えるなら大いに役立つことになるでしょう。



ABOUTこの記事をかいた人

金村 盡志(かねむら つくし)

1986年生まれ。中学生から吹奏楽を通してトランペットの演奏を始め、高校生からジャズに目覚める。その後、原朋直氏(tp)に約4年間師事し、2010年からニューヨークのThe New Schoolに設立されたThe New School for Jazz and Contemporary Music部門に留学。Jimmy Owens(tp)氏などの指導を受け帰国し、関東近郊を中心に音楽活動を開始。金村盡志トランペット教室でのレッスンを行いながら、精力的に活動を続けている。