ジャズ史上最も偉大なトランペッターとは誰なのでしょうか。
一見難しそうに見えるこのテーマですが、ことトランペッターに関してはその1人を選ぶのにさしたる異論は出ないことでしょう。
そう、ジャズ史上最も偉大なトランペッターとはマイルス・デイビスのことであると僕は思います。
なぜマイルスデイビスなのか
”ジャズ史上最も偉大な”と言っても、何をもってして偉大とするのでしょうか。
偉大なトランペッターというものはマイルス・デイビス以外にも多く存在します。
例えばジャズの創始者とも呼ばれることのあるバディ・ボールデン(厳密にはコルネット奏者ですが)。
サッチモの愛称で知られ、非常に長期間にわたって活躍したトランペッター、ルイ・アームストロング。
チャーリー・パーカーと共にモダンジャズを歴史を切り拓いたディジー・ガレスピー。
彼らの他にもハードバップのスーパースターであったクリフォード・ブラウン、それ以前とは異なりスムースな音色とリリカルなアドリブソロで人気を博したチェット・ベイカーなど、素晴らしいトランペッターは数多く存在しますが、なぜマイルス・デイビスだけが“帝王”とまで呼ばれ、世界中で愛されているのでしょうか。
まずは一般的によく知られているところから挙げていきましょう。
次々と新しい音楽を生み出していった
マイルスが演奏してきた音楽のスタイルは他のジャズプレイヤーとは異なり、多岐に渡ります。
しかも、そのほとんどが単に”こういうスタイルの音楽も演奏することができた”というものではなく、マイルス自らが創りだしたものでした。
ビバップ、ハードバップ
マイルス初のリーダーアルバム、”Dig”(1951)や”Miles Davis Volume 1,2″(1952-54)などはビバップからハードバップへの過渡期の演奏として代表的なものでしょう。
特にビバップは、チャーリー・パーカーやディジー・ガレスピーらが生み出した音楽であって、彼らはマイルスより少し先輩の年代です。
この時期のマイルスはまだ若く、後の時代に比べれば自らのスタイルを強く押し出すようなことはしていません。
しかしそのトランペットのサウンドやフレージングは、速いパッセージやハイノート(高い音)をあまり用いず、暗めなサウンドにリリカルなフレージングで、先述のようなスタイルであったディジー・ガレスピー大全盛
期であった頃にしては、まあ珍しい方でした。
その後少なくとも”Kind of Blue”(1959)の登場まではクールジャズ(というかギル・エバンス)とも影響を受け合いながらハードバップというスタイルが洗練されていきます。
例えば”Cookin'” “Relaxin'” “Steatmin'” “Workin'”(全て1956)通称マラソンセッションと呼ばれる4部作などはその代表例です。
クールジャズ
後にアメリカ西海岸で盛んになる洗練されたスタイルとされるクールジャズですが、これはマイルスによって創り出されたスタイルの音楽です。
マイルスのクールジャズ作品といえばその名の通り”Birth of the Cool”(1957)が最も有名です。
マイルスが創り出したと書きましたが、厳密にはマイルスと編曲家のギル・エバンスによって作り出されたというのが正確なところでしょう(ピアニストのビルエバンスではないので注意)。
その場で一発勝負! みたいなノリの強いビバップと比較して、繊細なアレンジと入念なリハーサルによってよく練り上げられた演奏が特徴であるクールジャズでは、ギル・エバンスの力は必要不可欠だったことでしょう。
また、マイルスの初リーダーアルバム”Dig”が1951年の発売でしたが、”Birth of the Cool”はこれより前に吹き込まれていた(1949-50年のレコーディング)というのも興味深い点です。
ちなみにマイルスはこのアルバム以後も非常に長きに渡ってギル・エバンスのサポートを受けながら作品を生み出していきます。
“The Complete Columbia Studio Recordings”という6枚組みCDセットにマイルスとギル・エバンスの5作品とリハーサルテイクがたっぷりと収録されています。
モードジャズ
モードジャズの定義についてはちょっと難しいところがあるような気がします。
チャーチモード(=教会旋法)と呼ばれる、いくつかの音階を利用したジャズの演奏で、それ以前のメジャーとマイナーを主とするハーモニーという考え方から脱却し、よりきめ細やかなハーモニーを表現しようとする
もの、といったところがごく無難な定義づけかと僕は思います。
ところで厳密な意味でこのモードに則って演奏しているジャズの演奏はほとんどないと言っていいのではないでしょうか。
モードジャズの代表作として誰もが知っている超名盤”Kind of Blue”(1959)ですが、この作品でも全ての曲においてモードに含まれる音のみを厳密に演奏しているわけではありません。
たまに”Kind of Blue”以降のマイルスの演奏はモードジャズだと思われている方がいらっしゃいますが、必ずしもそんなことはありません。
それらはモードという考え方に影響を受けたマイルスがさまざまな曲を演奏しているだけであって、それが結果としてモードジャズ風な(モーダルな)演奏に聞こえることがあるというだけですし、マイルス本人も自分の演奏がモードジャズであるとかないとかには興味がなかったのだと僕は思います。
とはいえ、モードというものはジャズを演奏する上で非常に重要な概念で、ジャズの曲をアナライズする際には非常に便利なツールとなります。
第二期クインテット
“黄金時代”など、さまざまな呼ばれ方をする時期ですし、その定義も語る人によって曖昧です。
第一期と第二期は以下のような違いがあります。
第一期クインテット
ポール・チェンバース
フィリー・ジョー・ジョーンズ(場合によってはジミー・コブ)
レッド・ガーランド(同じくウィントン・ケリー)
ジョン・コルトレーン(同じくハンク・モブレー)
第二期クインテット
ロン・カーター
トニー・ウィリアムス
ハービー・ハンコック
ウェイン・ショーター(初期はジョージ・コールマン、サム・リヴァース)
第二期クインテットが始動するのは1963年のことですが、その前後の作品を聴き比べてみると歴然とした違いがあるのに気づくかと思います。
こちらは1961年の第一期クインテット(ポール・チェンバース、ジミー・コブ、ウィントン・ケリー、ハンク・モブレー)による演奏。
こちらは1963年の第二期クインテット(テナーサックスはジョージ・コールマン)による演奏。
同じ曲(All of you 35分22秒~)であってもリズムセクションのやりとりや曲全体の安定感が全く異なるのがお分かりでしょうか。
個人的には第一期の方は安定しており安心している印象。第二期は不安定でどんなとんでもない場所へ飛んでいくか分からない印象を受けます。
例えるなら前者は乗り心地の良い高級車、後者はとにかくかっ飛んでいくレーシングカーといった感じです。
好き嫌いは別として、芸術としてのその先進性の違いは一目瞭然です。
余談ですがこの第二期クインテットはウェイン・ショーターの加入によってただのレージングカーからF1マシンにグレードアップされました(笑)。
動画の冒頭からAll of Youが始まります。
ショーター自身だけでなく他のプレイヤーも彼に触発されてさらに不安定に、とんでもないところまで飛んで行こうとしているのがお分かりいただけるでしょうか。
この時代に複雑で難解な曲を取り上げるバンドは少なくありませんでしたが、こんなスタイルでジャズの演奏をしていたのはこのバンドが初めてだったでしょう。
”こんなスタイル”とは何なのかということに関しては後に述べます。
エレクトリック
1960年代から台頭してきたロックを意識してか、1968年の”Miles in the Sky”以降、マイルスの作品にも電子楽器が用いられるようになりました。
この時代以降のマイルスをまとめてエレクトリックマイルスと呼ぶこともありますが、残念ながら電子楽器について僕自身詳しくはないので、あまり事細かに書くことができません。
作品によってファンクやロック、フュージョン、アフリカンミュージックなどの要素を取り入れ、非常に革新的な作品を作り上げていた一方、これまでのジャズファンからはそっぽを向かれる事態となりました。
しかし当時最先端の音楽を欲していた若年層からは一定の支持を集め、商業的にもそれまでとはケタ違いの成功を収めることができていたようです。
そもそもマイルスには、自分は”ジャズを演奏している”という感覚ではなく、ただ自分が本当に良いと思える音楽を追求していったらこうなったというだけなのではないでしょうか。
白人のミュージシャンを雇って批判されたときに言ったとされる「いい演奏をするなら肌の色が緑色でも雇う」という言葉にもあるとおり、表面的なことに囚われないマイルスの傾向が出ていたのではないかと僕は思います。
ちょっと長くなりすぎてしまいました。
今回はとにかく、マイルスデイビスというトランペッターがさまざまなジャンルの音楽を開拓していったということだけでもお分かりいただければ結構です。
ちなみにマイルスの遺作となった”Doo-Bop”(1991)では、ヒップホップからの影響が強く見られるのですが、彼は”帝王”としての地位を確立しながらも死の直前まで前進し続けたのです。
しかし、僕はこれのみをもってマイルスがジャズ史上最も偉大なトランペッターだと言うつもりはありません。