既にご存じの方も多いかとは思いますが、3月31日、新型コロナウイルスによる合併症により、ウォレス・ルーニーが亡くなりました。
享年59歳。まだまだ我々に新しい世界を見せて欲しかったのですが……。
ウォレス・ルーニーというトランペッター
ウォレス・ルーニー。1960年フィラデルフィアに生まれ、若い頃にクラーク・テリーの指導を受けたとのことです。
動画の通り、マイルスが用いていたようなトランペットを吹いているのが一目で分かる特徴です。
レコーディング作品としては僕の調べた限りでは1981年のアート・ブレイキーとジョージ川口による作品”Killer Joe”でデビュー。
その後、マイルスのバンドで長年活躍したトニー・ウィリアムスのもとでの活動はよく知られていることでしょう。
また1991年のマイルスの死後には、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスという元マイルスバンドのメンバーでツアーを行い、その一部は”A Tribute to Miles”という作品に収められています。
彼の演奏はネオビバップとかポストバップなどと呼ばれるジャンルに相当するそうですが、その辺のこまごましたことは僕の興味が向かないのでよく分かりません。
マイルス・デイビスのフォロワーと呼ばれて
ウォレス・ルーニーは前回取り上げたチェット・ベイカーと同様、マイルスと比較されることの多いトランペッターです。
前回書きましたが、個人的にはチェット・ベイカーは似ているどころか全く別物だと思います。
一方でウォレス・ルーニーはマイルスに師事した唯一のトランペッターとしても知られており、確かに彼のサウンドはチェット・ベイカー以上にマイルスに似ています。
そもそも使用楽器がマーティンコミッティといってマイルスと同じトランペットですし、マウスピースもマイルスと同じハイム。
普通どれだけ好きなトランペッターがいたとしても、トランペットのみならまだしも、マウスピースまで同じモデルにするという人はそんなにいないものなのですが…、こういったことからも彼がどれだけマイルスを敬愛していたかが分かります(笑)。
確かに彼に限らず、”ジャズの帝王”であるマイルス・デイビスに影響を受けないジャズトランペッターなんてほぼ存在しないと思いますが、しかしその中でもウォレス・ルーニーはもう見事にマイルスに心酔しきっていたようです。
劣化コピーではなく、”ウォレス・ルーニー”である
しかし多くの場合、1人のプレイヤーにどっぷりとハマってしまうと演奏内容までそっくりというか、ただの劣化コピーになってしまうことが非常によくあります。
特定のプレイヤーに強く憧れることによって、演奏中にその人の心の中に浮かぶイメージがその憧れの対象者のそれになることはよくあります。
そういった心の状態で何かを創造(=演奏)しようとするとき、その人が創造力を発揮しなくとも、心の中の憧れのイメージを吐き出すだけで非常にラクに演奏を行うことが可能になります。
しかしそこに創造性はありませんから、多くの場合「死んだ」というか、劣化コピーとしての演奏がだらだらと流れていくだけです。
そういった演奏は人を感動させる力を持っていません(曲芸として「すご~い!」なら分かりますが)。
さて、ウォレス・ルーニーの凄いところは、誰がどう聴いても明らかにマイルスの影響を受けまくっているにもかかわらず、その内容は全く持ってウォレス・ルーニーそのものであるという点です。
実際に彼のさまざまな作品を聴いてみると良いでしょう。
音色は当然としてもフレージングなども確かにマイルス寄りな部分が多いのですが、その演奏から伝わってくるものはマイルスのものとは(良くも悪くも)全く異質のものです。
ここら辺は感覚的なものなのでなかなか言葉で説明しづらいのですが…。
トランペッター目線からのオススメ作品
1993年の2作品
Crunchin’
Munchin’
どちらもスタンダード曲多めのセレクションとなっており、ウォレス・ルーニーのエッセンスを吸収したいトランペッターからすれば最適の教材となることでしょう。
特に”Munchin'”に収録されているSolarやBemsha Swingで見られるような曲の展開はアンサンブルを考えるうえでとても参考になると思います。
上記2作品は1993年にリリースされたもので、タイトルからしてマイルスのマラソンセッション4部作の影響を受けているのは明らかです。
どちらもサイドメンが豪華なのですが、個人的にはピアノのジェリ・アレンの独特なヴォイシングが印象的です。
そういえば彼が作品中でマイルスがよく演奏した曲を取り上げるのは納得できるのですが、意外とセロニアス・モンクの曲を演奏することも多いような気がします。
A Tribute to Miles
先にも書いた通り、マイルスの死をきっかけとして行われたツアーのレコーディング作品です。
初めて聞いたときにぶったまげたのはもちろんのことですが、アドリブソロの裏でリズムセクションが行っている非常に高度なやりとりに二度驚かされました。
単にマイルスの愛奏曲を元マイルスバンドのメンバーが演奏して追悼、というだけのものではなく、レジェンドクラスのプレイヤー同士による濃密なアンサンブルは非常に重要な研究材料となるでしょう。
Blue Dawn – Blue Nights
この作品がウォレス・ルーニーの遺作となってしまいました。
彼らしい選曲で、スタンダード曲は1曲も入らず、ちょっと小難しそうな曲ばかりが並んでいます。
またサイドメンの名前が全然知らないメンツばかりだなと思って調べてみたら、非常に若いミュージシャンを起用しているようです。
特にドラムのコジョ・オドゥ・ルーニーなんかは現時点でまだ15歳、ウォレス・ルーニーの甥であるそうですが、確かに彼のバンドでは10代の素晴らしいプレイヤーを起用することが多かったように思えます。
かつて自分がマイルスや多くのミュージシャンにそうしてもらったように、若いミュージシャンに自らの持つものを伝えていこうということだったのでしょうか。
しかし道半ば、しかも突然すぎる死でした。
今頃天国でマイルスと語り合っているのでしょうか。